事業承継には様々な方法がありますが、そのうちのひとつが遺言によるもの。
先代経営者が生前にあらかじめ遺言を作成しておくことで、死亡時に自社株などを円滑に後継者へと引き継げます。
相続税が発生することを知っていて、遺言書を作成するにも節税対策が気になってしまう方もいらっしゃるはず。
ですが、事業承継において最も大切なことは「後継者へとトラブルが発生することなく事業が引き継がれる」ことなのではないでしょうか。
相続が「争続」と化し、父親亡き後の家族や兄弟が仲たがいしてしまうのは寂しいものです。
そこで、このコラムでは遺言による事業承継についての基礎的な知識、トラブル回避のための対応策について解説します。
事業承継の方法として遺言を検討している方は、ぜひ参考にしてくださいね。
遺言書の作成は事業承継対策のスタート?
まずは遺言について、法律で定められた制度や利点、注意点などのポイントを抑えていきましょう。
遺言による事業承継のメリット
終活セミナーやエンディングノートなどのブームにより、近年は事業承継への活用以外にも遺言書の人気が高まっていますね。
経営者の観点から見ても、遺言の活用にはメリットがあります。
遺産分割協議の回避
相続が発生した時に、相続人全員で遺産の分割について協議し合意することを遺産分割協議と言います。
遺言書がなかったばかりに父親が亡くなったとたん家族が大揉め……という光景はテレビドラマなどで見たことがあるかもしれません。
遺言を作成することで相続を行えば、禍根を残すことなく事業承継を終えることができます。
自社株が分散するリスクを回避
被相続人となる現経営者が後継者をきちんと定めていても、遺言書を残さないことで遺産分割協議が行われて自社株が分散してしまう恐れがあります。
後継者が今後の経営を安定して進めるためにも、自社株を一定以上保有することで議決権は確保しておきたいはずです。
遺言によって相続させる、又は遺贈する親族を指定しておけば、事業と関係ない親族が大きな株数を持つことも防げます。
親族外の人にも財産を遺贈できる
相続人となれるのは、配偶者と血族のみです。
血族の中でも優先順位があり「子および代襲相続人」⇒「両親などの直系尊属」⇒「兄弟姉妹および代襲相続人」の順に順位が決まります。
また先の順位の人が1人でもいる場合、後の順位の人は相続人になれません。
優先順位の低い血族者や外部の人に社長として経営を継いでもらいたい場合は、遺言書によって遺贈の意思を明確にすることで実現できます。
遺言を作成せずに死亡したらどうなる?
遺言の作成には面倒な過程もあるもの。
また、自分の保有資産を確認し継ぐべきものを明確にできるという点も重要です。
「家族だから大丈夫」という思い込みで対策を講じなかった場合、どういった不都合があるのでしょうか。
遺産分割協議が発生してしまう
経営者である被相続人が遺言を残さず死亡した場合でも、財産の相続には当然遺産分割協議が発生します。
協議内で後継者が自社株すべてを承継できれば問題はありませんが、そううまくは行きません。
なぜなら、遺産分割協議は相続人全員の合意がなければ成立しないからです。
遺産分割協議で争わないために!スムーズな流れや手順を解説
故人の遺産を相続する際は、基本的に遺言に従って遺産を分割します。 一方で遺言が残されていない場合は、遺産分割協…
法定相続分では後継者が必要な財産を相続できない
遺産分割協議以外の相続としては、相続人が法定相続分に従うものがあります。
また、先述したように相続人となれる人には限りがあります。
相続人になれたとしても、法定相続を前提とした遺産分割では後継者に必要な株式や事業用の資産を集中させられません。
遺言は円滑な事業承継の武器
存命のうちから「長男を後継者にしたい!」と考え後継者教育を施していたとしても、経営に必要な遺産をうまく継ぐことができなくては元も子もありません。
後継者に株式や事業用資金などをトラブルなく取得してもらうためには、現経営者が民法と異なる相続分にきちんと指定しておくことが安心です。
そのための方法が「遺言」なのです。
遺言の種類
一口に遺言といっても、性質の違いによる種類分けがあります。
事業承継時の遺言として使用されるのは主に以下の2点。
それぞれの形式について概要を確認しながら、自分の事業承継に最適なものはどれか考えていくのがおすすめです。
- 自筆証書遺言
- 公正証書遺言
自筆証書遺言
「自筆証書遺言」は、遺言者が所定の内容を決められた形式で記載することによって完成する遺言です。
必要な内容は以下の通りです。
- 遺言の本文
- 作成年月日
- 自分の氏名
- 押印
他に財産目録を作成して付けることになります。
不便さのあるものでしたが、近年の新制度整備によってこれまでデメリットとされてきた点もある程度カバーができるようになりました。
これにより、今後は自筆証書遺言の作成が増えるのではないかと考えられています。
自筆証書遺言のメリット
自宅で気軽に作成できる
所定の用紙などはないので、紙とペン、そして印鑑さえあれば作成できます。
思いついたときにすぐ遺言書を作成できることは大きなメリットです。
費用が安い
自筆証書遺言には作成費用がかかりません。
後述する「遺言書保管制度」によって法務局に預けると費用がかかりますが、1件3,900円と低額で済みます。
自筆証書遺言のデメリット
偽造や変造などの恐れ、検認手続きの必要がある
相続人に手を加えられる可能性もあるため、自筆証書遺言の保管先について考える必要があります。
自分が亡くなる前に別の誰かの手に渡ることを恐れるあまり、見つけづらいところに隠して亡くなった後何年も発見されなかったというケースもあるようです。
また、被相続人が亡くなった後、相続人は家庭裁判所で遺言の存在、内容、形状などを確認する「検認手続き」を行わなければなりません。
厳格な様式がある
紙や筆記具の種類、縦書き横書きなどの書式に指定はありませんが、内容を間違えた時や書き足したい時の処理(加除訂正)には法に則った厳格なルールがあります。
また、財産目録以外の文面はすべて手書きで作成しなければなりません。
ひとつのミスで遺言書全体が無効となった事例もあるので、作成後の徹底した内容チェックが必須です。
情勢に合わせて使いやすくなっている
近年になって自筆証書遺言に適用されていた従来のルールが変更されており、より遺言が作成しやすく手を加えにくいよう法整備がなされました。
以下の2点が主なルール変更です。
- 財産目録のパソコン・ワープロ作成可
- 遺言書保管制度の開始
財産目録のパソコン・ワープロ作成可
2019年1月より、自筆証書遺言において特に負担が大きいとされていた財産目録の手書き作成について規定が変更され、パソコンやワープロによる作成も認められるようになりました。
また、文字を書けない方を想定し、財産目録のみ代筆や「不動産全部事項証明書(登記簿謄本)」、通帳のコピーを添付する形でも有効となりました。
遺言書保管制度の開始
上記に加え、2020年7月からは、自筆証書遺言にかかわる遺言書を保管する制度「遺言書保管制度」が法務省に設けられました。
これにより、自筆証書遺言のデメリットだった偽造や変造、発見が遅れることの恐れが回避されることになります。
さらに遺言書保管制度を利用する場合に限り、検認手続を経る必要もなくなりました。
公正証書遺言
証人2人に立ち会ってもらい、公証役場で公証人に筆記してもらい遺言書を作成してもらう形式を指します。
所定の手続きを踏むため被相続人にとっては手間がかかりますが、公的機関が関与するため比較的安心して遺言作成が可能です。
公正証書遺言作成の流れ
以下のような流れで作成を行います。事前に用意しておくものもあるので、漏れがないよう確認しましょう。
- 必要書類を準備する
- 遺言の証人を2人準備する
- 公証人と事前に遺言内容の打ち合わせをする
- 証人と交渉人役場に向かい、証人立ち合いで遺言書を作成する
- 各関係者が署名捺印をする
1.必要書類の準備
事案により都度別の書類が必要になる可能性がありますが、ひとまず用意しておきたい書類はおおよそ以下のようなものです。
- 遺言者本人の印鑑証明書
- 遺言者と相続人の続柄が分かる戸籍謄本か抄本
- 相続人以外に遺贈する場合は、遺贈先となる人の住民票
- (不動産)登記事項証明書や固定資産税評価証明書
2.遺言の証人を2人準備する
遺言の内容を知られてもかまわない証人を2人以上用意します。
司法書士や弁護士など法律の専門家に遺言書作成の旨を相談してお願いするのが最も確実です。
なお、証人になることができない人がいるので選定の際は注意が必要です。
- 遺言内容によって得をする人や損をする人
(遺言者の推定相続人、遺贈を受ける人、配偶者、直系親族、公証人の配偶者、四親等内の親族、書記や雇い人) - 自分で判断する能力がないとされる人(未成年者)
3.公証人と事前に遺言内容の打ち合わせをする
まず公証役場に申し込みをし、公証人に遺言の内容を確認してもらいます。
公証人もどのような形で公正証書に有効な形で記載するか検討し、口授(遺言の内容を口頭で伝えること)当日に向けて準備する期間が必要だからです。
公証人と打ち合わせをすることが難しい可能性もあるので、確認事項があれば事前に予約をしておくのがベター。
4.証人と交渉人役場に向かい、証人立ち合いで遺言書を作成する
証人に立ち会ってもらい、遺言者は公証人へと遺言の内容を口授します。
一通り終わったら、遺言者と証人は口授内容と公証人が記載した遺言書の内容の間に相違がないか確認します。
遺言者が喋ることが難しい場合は手話や筆談による作成もできます。
5.各関係者が署名捺印をする
遺言書の内容を確認後、遺言者と証人それぞれが署名押印します。
最後に公証人が遺言書へ署名押印すれば公正証書遺言は完成です。
公正証書遺言の原本は公証役場で保管されます。
遺言者には「正本と謄本」が交付されて手続きは終了です。
公正証書遺言のメリット
形式不備などで無効になる恐れがなく検認手続きも不要
上述したように、公正証書遺言の作成には専門家による打ち合わせが入ります。
また、口授とは言いますが、実際のところは公証人が原案を作成し当日は公証人が遺言者に遺言内容の確認をするということがほとんど。
ですので、内容の不足や形式不備によって遺言書が無効になることはまずありません。
また、検認手続きも不要なので相続人の負担になりません。
原本を公証人役場で管理してもらえる
自分の手元から離れた公的機関で遺言書の原本を保管しておけるので、偽造など手を加えられる心配はありません。
安全性の高い遺言の方法と言えるでしょう。
公正証書遺言のデメリット
作成に手間や費用がかかる
自筆証書遺言と異なりすぐに作れるものではありません。
手続き後に証人を探し、打ち合わせを行い……といった工程が必要です。
また、公証役場に支払う手数料が発生するほか、専門家に介入してもらうのであれば報酬も払わなければなりません。
公証人や証人に遺言内容を話すことが必須
当たり前ですが、公証人や証人に遺言の内容を話す過程があります。
「遺言書を作る」と思い立った時、遺言の内容を聞かれることに不安を感じることは往々にしてあります。
どうしても知られたくないのであれば、自筆証書遺言のほうが効果的です。
こんな経営者様は遺言による事業承継がおすすめ
事業承継には、遺言に近いところで生前贈与という手法をとることもあります。
こちらにもメリットはあるのですが、原則としては贈与税のほうが遺贈や相続によって発生する相続税より税率が高いと言われており、節税として遺言を選択する人もいます。
それ以外にも、下記のような方には遺言による事業承継がおすすめです。
- 相続人の複数が会社に関係している
- 財産のほとんどが会社の株式である
- 個人事業主である
相続人の複数が会社に関係している
この場合、相続人となる親族たちが法定相続分による相続を主張すると、財産が分散し、後継者にしたい親族に必要数の株式や資産を相続させられないことが想定されます。
それだけでなく、親族間で会社運営の意見が対立した場合に、会社支配ができるだけの株式を所有する親族がおらず意思決定が頓挫する可能性もあります。
財産のほとんどが会社の株式である
こちらも上と同様、紛争を防止するために遺言が有効なケース。
子どもたちの気持ちを配慮して兄弟間の相続分を平等にしたいという考え方はわかりますが、こちらも株式の分散につながります。
後継者としたい親族のひとりに株式相続を集中させた場合、相続できない相続人が不満を抱くことも考えられます。
遺言内に自分の決断理由や思いを盛り込み、なるべく家族に理解してもらえるよう配慮しておくことも有効です。
個人事業主である
ここまでは中小企業の経営者などを想定してきましたが、こちらも事業に家族の数人が絡んでいる可能性が高いケースです。
また、事務所や工場の建物や土地などの事業用資産を、個人名義で賃貸している場合もあります。
この時も遺言で事業用資産を後継者に相続させることを明らかにしつつ、後継者以外の相続人が不満に思わないよう、事業用資産によって発生する賃料や関係しない資産が後継者以外の相続人に渡るよう指定することができます。
遺言作成時に注意したいポイント
後継者への配慮だけでなく、家族間のトラブルを防ぐため後継者以外の親族についても気を配りましょう。
遺留分を意識して
「事業承継のため、後継者に経営に必要な株式や資産を相続させたい」という理由で遺言を遺す時に気を付けたいのが「遺留分」です。
遺留分とは、相続人となる人に法律で権利として保障された最低限の相続財産のこと。
事業承継を意識しすぎてしまうと、遺言の意向がこれを侵害してしまうものになる可能性があります。
その場合も遺言が無効になることはありませんが、侵害された相続人が遺留分侵害額請求を行うことで親族トラブルのもととなります。
遺留分の計算方法を解説!具体的な遺留分対策とは?
遺留分とは、一定の相続人に最低限取得できる財産を保証される遺産取得分のことです。 例えば、被相続人が遺産の全て…
パターン別に遺留分への対処を
ここでは、後継者に経営に必要な資産を承継させた後、残った相続財産の多寡から2パターンを想定してトラブルを防ぐ遺言について考えましょう。
- 【パターン.1】残った相続財産の合計額が後継者以外の相続人の遺留分を超えている
- 【パターン.2】残った相続財産の合計額が後継者以外の相続人の遺留分に足りない
【パターン.1】残った相続財産の合計額が後継者以外の相続人の遺留分を超えている
この場合は、残り相続財産から後継者でない相続人たちへの相続分を分配させます。
「後継者以外の相続人が残りの相続財産を承継する」ということを遺言であらかじめ指定しておき、遺留分侵害を防止します。
遺産分割協議も行われなくていいよう配慮することにもなり、遺留分問題以外の家族間トラブルにも対処できます。
【パターン.2】残った相続財産の合計額が後継者以外の相続人の遺留分に足りない
この際は、遺言によって後継者から後継者以外の相続人へと代償金を支払わせることにより、遺留分侵害を防止します。
代償金とは
相続人のうち1人または数人が遺産を現物で取得する際、代わりに他の相続人に対し債務を負担するという遺産の分割方法です。
この場合は「相続人のうち1人」に後継者が該当します。
遺言を活用して事業承継を
円滑な事業承継なくして、現経営者亡き後の円滑な会社運営はありません。
自分がいなくてもきちんと後継者に会社を継いでもらえるよう、いざという時に備えて早めに遺言の作成を行いたいものですね。
若いときには遺言を意識することはそうそうないでしょうから、作成の際に不安を抱くこともあると思います。
その際はweb上のサービスや専門家の支援も活用して、有効と認めてもらえるような遺言書を作成しましょう。
節税対策にも手を回したい場合は税理士への相談も〇です。
計画的な遺言作成のため、できることから始めましょう。
遺言書の作成・相談も事業承継M&Aパートナーズがサポートいたします。
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