事業承継における株主構成の明確化は、非常に重要なプロセスです。
しかし、いざ事業承継準備を始めようとした際に、正確に株主構成を把握できていない企業は少なくありません。
会社法上は株主名簿の作成が義務付けられていますが、株主名簿が適切に整備されていないと、株主の特定が困難になり、事業承継の円滑な実施に大きな障害が生じます。
本記事では、事業承継時に株主が誰かわからない場合の対処法や、少数株主の問題を解決するための具体的な方法について詳しく解説していきます。
株主名簿の重要性と事業承継への影響
株主名簿とは、株式会社が作成する株主の情報を記載した帳簿のことです。
具体的には、株主の氏名、住所、所有する株式数、株式の取得日などが記載されます。
これらの情報は、会社の所有者が誰であるかを明確にし、株主の権利を適切に管理するために必要不可欠です。
事業承継における重要性
事業承継においては、正確な株主名簿は特に重要になってきます。
株主が誰であるかを明確にしなければ、株主総会の招集や決議が適切に行えず、承継までの手続きが滞ってしまうためです。
株主が不明確な状態では、後継者やM&Aの買い手に対して会社の所有権を確実に引き渡すことができません。
これらの問題を避けるためにも、日頃から株主名簿の整備と更新を行い、株主情報を正確に把握しておくことが必要です。
株主名簿に関するよくあるトラブル
中小企業や家族経営の会社では、株主名簿の整備が後回しにされることが少なくありません。
この状態を放置しておくと、株主総会の招集や決議に支障が出たり、株主の権利行使に混乱が生じたりすることがあります。
以下では、株主名簿の作成、整備に関わるよくあるトラブル事例についてみていきます。
そもそも株主名簿が作成されていない
会社設立時に株主名簿が作成されていないことは、後々大きな問題を引き起こします。
特に小規模な会社や家族経営の企業においては、株主名簿の作成が後回しにされることが多く、創業後、複数人が株を持っている状態のまま長期間が経過してしまうと、結果として株主の特定が困難になります。
このような場合、法的なリスクが生じる可能性も高くなってきます。
2019年4月以降、法人設立届出書の添付書類が簡略化され、株主名簿の添付が義務ではなくなりましたが、添付義務がなくなった現在でも、会社法上の作成義務は依然として存在しています。
株主名簿の作成や保管を怠ったことが発覚した場合は、会社法第976条に基づいて100万円以下の過料が課せられる恐れがあるため注意しましょう。
もし、「株主名簿が見つからない・なくした・作成していない」、という状態なのであれば、株主名簿を早急に作成し、然るべき方法で保存するようにしてください。
株主情報が更新されていない
株主名簿に記載された情報が更新されていない場合、株主の変更が反映されず、事業承継時に混乱が生じます。
例えば、「株式の譲渡や相続が発生しても、それが名簿に反映されていない」と、実際の株主と名簿上の株主が一致しません。
もし相続が複数世代に渡って繰り返されている状態であるとすると、株式の準共有者※が増え、実際の株主を把握することが非常に困難になります。
※複数の相続人が法定相続分で株式を持ち合っている状態
この状態のまま会社の運営を進めると、株主総会の決議が無効となるリスクや、配当金の支払いが適切に行われないという問題があることを、しっかりと認識しておきましょう。
名義株の存在による混乱
名義株とは、実質的な株主と名義上の株主が異なる株式のことです。
これは、旧商法時代の「会社を設立するときは最低7人の発起人が必要」というルールを満たすために、親戚や友人に株主になってもらった過去がある会社によく起こる問題です。
実際には創業者が100%資金を出しており、家族や親戚は名前だけを借して株主名簿に記載されているため、名前を貸した本人は自分が株主と認識していない、というパターンです。
名義株が存在すると、実際の所有者と法的な所有者が異なるため、株主総会での議決権行使や配当の支払いなどで混乱が生じるため注意が必要です。
株主が誰かわからない・株主の所在が分からない場合の対処法
上述したように、株主が誰かわからない、または株主の所在が分からないという問題に直面することは中小企業においてよくあります。
こうした状況に対処するためには、以下の方法を活用することが考えられます。
株主が誰かわからない場合の対処法
株主が誰なのかが、そもそも全くわかっていないという場合には、過去の作成資料などから株主を特定するための手がかりを得るしかありません。
具体的には、下記の情報を確認してみてください。
原始定款の調査
設立時の株主情報を確認するために、原始定款を調査することは、株主が不明な場合に有効な手段の1つです。
原始定款には会社設立時の株主情報が記載されており、これを基に株主を特定することができます。公証役場で保管されている定款※の写しを取得することで、設立時の株主を確認します。
※公証役場で保管されている原始定款の保管期間は20年となっています。
原始定款で株主を特定したら、その株主が実質的な株式であったのかを確認したり、相続や譲渡などが発生したのかを、親族などに問い合わせて株式の行方を調査しましょう。
法人税の申告書別表2の調査
毎年の決算申告時に作成される法人税申告書の別表2も、株主を調査する際の有効な資料です。
別表2は、各株主の持株数や議決権数が記載されており、多くの場合は申告を担当する税理士が作っています。
税理士に株主異動状況が適切に伝わっていない場合は、別表2も株主名簿として機能しない可能性もありますが、まずは別表2に記載されている株主構成から調査し、本当に正しいのか、相続が発生していないかを確認するようにしましょう。
株主の所在がわからない場合の対処法
株主の特定は済んだが、それが「今どこにいるのかわからない人がいる…」そんな事態に陥った際に取るべき行動としては、下記のような事項があげられます。
登録された住所への通知
まずは、株主名簿に記載されている住所や連絡先に対して通知を送りましょう。
家族や知人を通じた連絡
株主の家族や知人を通じて連絡を試みることも有効です。
親しい関係者を通じて情報を得ることで、所在不明の株主と連絡を取ることができるかもしれません。
弁護士や専門家の活用
必要に応じて弁護士や専門家のサポートを受けることも検討します。
法的手続きを通じて株主の所在を特定する方法や、その他の法的対策を講じることが可能です。
公告による呼びかけ
連絡が取れない場合は、官報や地方紙などで公告を行い、所在不明の株主に連絡を求めます。
このプロセスは、この後解説する「所在不明株主の株式売却制度」を利用する際に必須となります。
事業承継に向けた所在不明株主の対処法
ここまで、株主の所在が不明な場合における対処法を説明してきましたが、各種働きかけをしても株主所在が不明なままな場合、事業承継手続きはどのように行えばよいのでしょうか。
主な対処法は以下の3つです。
- 会社法197条に基づく株式売却制度
- 特別支配株主による株式売渡請求
- 株式併合によるスクイーズ・アウト
会社法197条に基づく株式売却制度
会社法第197条では、所在不明株主の株式売却制度が規定されています。
これは所在不明株式を、競売又は裁判所の許可を得ることによって売却若しくは買取りすることができる制度です。
制度利用が認められる条件
この制度の利用が認められる為にはいくつかの条件があります。
- 会社が株主に対してする通知又は催告が、5年以上継続して到達しない場合
- 対象株式の株主が継続して5年間剰余金の配当を受領しなかったものであること(会社からの配当が5年間ない場合も該当する)
上記の条件を満たしていれば、所在不明株式として認められ、株式売却制度を利用可能になります。
※株主総会を毎年開いてない会社は、この制度を利用できません。
なぜなら、株主総会を毎年開催していないということは、招集通知も毎年発していないということになり、所在不明株主に対する通知が5年以上継続して到達していないことを証明できないためです(なお、会社法上、株主総会は、毎事業年度の終了後に招集しなければならないことが義務付けられています。)。
※経営承継円滑化法により国の認定を受けた場合は、「5年」の期間を「1年」に短縮することも可能です。
非上場の中小企業者のうち事業承継ニーズの高い株式会社に限り、所要の手続を経ることを前提としています。
制度利用の流れ
① 公告と催告
まず公告と催告を行います。
公告を行うことで、所在不明株主を含む関係者全員に対して、株式売却の計画とその条件を周知します。
公告は法的手続きとして重要であり、広く情報を伝える手段として利用されます。
本事例の場合、所在不明株主に対して、株式売却に関する異議を述べる機会を与えるために行います。
催告の通知は、株主名簿に記載された住所に送付され、会社法第126条に基づき、通知が実際に届かなくても通常届くべき時期に届いたものとみなされます。
② 裁判所への売却許可申立て
公告と催告の結果、異議が出なければ、取締役全員の同意を得て裁判所に売却許可の申立てを行います。
裁判所への申立てには、株価鑑定書などの必要な書類を添付し、売却許可を求めます。
③ 裁判所の許可と株式買取
裁判所から売却許可が下りれば、会社は所在不明株主の株式を買い取ることができます。
これにより、少数株主の株式を整理し、会社の株主構成を合理化することができます。
④ 買取代金の供託
買取代金は法務局に供託されます。
買取代金は本来元の株主に支払うものですが、株主の所在が不明であるため、法務局に代金を預けることによって、株の買取が成立します。
この供託手続きにより、会社は法的に買取代金の支払い義務を果たすことができます。
特別支配株主による株式売渡請求
90%以上の株式を保有する特別支配株主は、少数株主に対して株式の売渡請求を行うことができます。
これは会社法179条に基づく手続きで、少数株主の影響を排除し事業承継を円滑に進めることが可能となります。
この方法のメリットとしては、毎年株主総会を開催していなかったとしても、すぐに手続きを開始できるということが挙げられます。
一方で会社の議決権の9割以上を持つ株主が存在していない場合は、利用することができません。
制度利用の流れ
① 対象会社への通知
特別支配株主が株式等売渡請求を行う場合、まず対象会社に対して、売渡請求の条件(売渡株式の対価として交付する金銭の額またはその算定方法、売渡株式の取得日など)を定めて通知します。
② 対象会社による承認
通知を受けた対象会社は、特別支配株主による株式等売渡請求を承認するかどうかを判断します。
取締役会設置会社の場合は取締役会の決議が必要であり、取締役会設置会社でない場合は取締役の過半数による決定が必要です。
③ 少数株主への通知
対象会社が株式等売渡請求を承認した場合、取得日の20日前までに売渡株主に対して承認した旨と株式等売渡請求の条件を通知します。
この通知は株主名簿に記載されている少数株主の住所に送付され、通知が実際に届かなくても通常届くべき時期に届いたものとみなされます。
④ 特別支配株主による取得
この手続きによって、特別支配株主は取得日に売渡株式等のすべてを取得します。
⑤ 買取代金の供託
株式の買取代金は本来なら所在不明の株主に支払われるべきものですが、支払先が不明な場合は法務局に代金を供託することが認められています。
これらの手続きを通じて、特別支配株主は少数株主の株式を適法に取得し、会社の株主構成を合理化することができます。
株式併合によるスクイーズ・アウト
株式併合は、少数株主の株式を整理するための効果的な方法の一つであり、事業承継を円滑に進めるために利用されることがあります。
この手法を用いることで、少数株主の影響を排除し、会社の所有権を明確にすることができます。
具体的な手続きは以下の通りです。
株式併合によるスクイーズ・アウトとは
スクイーズ・アウトとは、企業が少数株主の持つ株式を強制的に買い取る手法のことです。
これは、少数株主を排除し、企業の株主構成を合理化するために用いられます。
例えば、発行株式数が100株の企業を考えてみましょう。
以下のような株主構成を仮定します。
- Aさん:80株
- Bさん:8株
- Cさん:7株
この場合、株式併合を行い10株を1株にまとめると、BさんとCさんは1株未満しか株を所有していない状態になります。
この1株に満たない株を「端株」と呼びます。
端株主については、原則として株主としての権利が認められず、会社が強制的に買い取ることが可能です。
この仕組みを利用することで、少数株主を排除し、企業の株主構成を簡素化することができます。
スクイーズ・アウトの流れ
① 株主総会での特別決議
まず、株主総会で特別決議を行い、株式併合を決定します。
特別決議は、議決権の過半数を有する株主が出席し、その2/3以上の賛成が必要です。
② 全株主への通知
次に、株式併合の効力発生日の20日前までに、全株主に対して併合の割合などを通知します。
この通知は、株主名簿に記載された住所に送付され、通知が届かなくても通常届くべき時期に届いたものとみなされます。
③ 裁判所への売却許可申立て
株式併合によって端株(1株未満の株式)が生じた場合、裁判所に売却許可の申立てを行います。
裁判所から売却許可が下りれば、会社は端株を買い取ることができます。
これにより、少数株主の持つ端株を整理し、会社の株主構成を合理化することができます。
④ 買取代金の供託
少数株主の所在が不明で、支払先が不明な場合は法務局に買取代金を供託します。
この手続きを経ることで、買取代金の支払い義務を果たしつつ、少数株主の株式を適法に整理することができます。
事業承継前の株主構成の明確化は確実に
会社法において、株主名簿の作成は義務付けられているとはいえ、実際には株主名簿を作成していない、更新していないという中小企業は少なくありません。
事業承継時には、会社のオーナーである株主と、その株の取り扱いについてが確実に焦点になってくるため、余裕をもって株主名簿の整理や所在不明株主の調査を行っておきましょう。
事業承継M&Aパートナーズでは、事業承継に関する包括的なサポートが可能です。
会社の株主構成について疑問や不安をお持ちの方は是非お気軽にお問い合わせください。
※本記事は、その内容の正確性・完全性を保証するものではありません。
詳しくは当センターへお問い合わせいただくか、関係各所にお問い合わせください。