事業承継の際は、後継者に株式を集中して経営権の安定を図ることが一般的です。
しかし、1人の後継者に資産を集中させると、死後に他の相続人から遺留分侵害額請求をされる恐れがあります。

そのような遺留分に関するトラブルを回避するため、遺留分に関する民法の特例が制定されています。

本記事では、事業承継における遺留分の民法に関する特例について詳しく解説します。
親族で遺留分トラブルを発生させないためにも、しっかりと理解して対策しておきましょう。

  1. 遺留分とは?
  2. 事業承継で遺留分に注意が必要な理由
  3. 遺留分トラブルの対策方法
  4. 遺留分に関する民法の特例とは?
  5. 遺留分に関する民法の特例を適用するための要件
  6. 遺留分に関する民法の特例を適用する手順
  7. 遺留分に関する民法の特例を適用できない場合の対処法
  8. 遺留分に注意して事業承継を進めましょう

遺留分とは?

遺留分とは、相続において一定の法定相続人に対して必ず保証される最低限の相続財産の割合のことです。
日本の民法で規定されており、被相続人が生前に遺言や贈与を通じて財産を自由に処分した場合でも、この遺留分を侵害することはできません。

遺留分の制度は、被相続人が自由に財産を処分する権利を制限しつつ、相続人の生活保障を確保することを目的としています。
これにより、被相続人が特定の相続人や第三者に多くの財産を贈与した場合でも、遺留分を持つ相続人は最低限の財産を確保できる仕組みになっています。

遺留分が認められるのは、以下の法定相続人に限られます。

  • 配偶者
  • 子(直系卑属)
  • 父母(直系尊属)

遺留分の割合を侵害する形で遺言や贈与が行われた場合、相続人は遺留分侵害額請求を行い、その侵害額に相当する金銭の支払を請求することができます。

事業承継で遺留分に注意が必要な理由

事業承継において、遺留分対策をしておくことは非常に重要です。
その理由は、以下の通りです。

  • 経営権が分散するリスクがある
  • 相続トラブルが発生する可能性がある
  • 株式分散による外部介入のリスクがある
  • 事業承継税が取り消されるリスクがある

経営権が分散するリスクがある

事業承継において、後継者に会社の株式や経営権を集中させることが重要です。
そうすることで、安定した経営基盤を構築することができ、迅速かつ統一された意思決定が行えるようになるからです。

しかし、他の相続人が遺留分侵害額請求を行った場合に、後継者が遺留分の精算を金銭で行うことが出来ず、株式を譲渡してしまうと、後継者の持つ株式が減少し、経営権が分散されるリスクがあります。
これにより、後継者が会社の経営を安定して行えなくなる恐れがあります。

相続トラブルが発生する可能性がある

相続財産の中で特に価値が高いものが株式である場合、後継者が株式を多く相続すると、他の相続人が不公平と感じ、遺留分侵害額請求を行う可能性が高いです。
このようなトラブルが発生すると、会社の運営に支障が生じ、企業全体に悪影響を及ぼす可能性があります。

株式分散による外部介入のリスクがある

遺留分侵害額請求により、後継者が一部の株式を他の相続人に返還した場合、それを受け取った相続人が、外部の第三者に株式を売却するかもしれません。
これにより、外部の投資家や他の株主が経営に影響を与えるリスクが生じ、後継者が安定して経営権を維持することが難しくなる可能性があります。

事業承継税制が取り消されるリスクがある

事業承継税制を活用して事業承継した場合、特に株式の分散には注意しなければなりません。
遺留分侵害請求によって株式が分散し、後継者と同族関係者の議決権が5割を下回ったり、後継者以外の同族関係者が後継者の議決権を超えた場合、事業承継税制が取り消されてしまいます。

事業承継税制の適用が取り消されてしまうと、その時点で猶予されていた多額の贈与税・相続税を後継者が負担しなくてはならなくなってしまいます。
このような事態を避けるためにも、事業承継をする際は遺留分に関して十分に対策しておきましょう。

遺留分トラブルの対策方法

遺留分に関するトラブルを回避するためには、以下の対策をしておきましょう。

  • 遺留分を事前放棄してもらう
  • 遺留分に関する民法の特例を活用する

遺留分を事前放棄してもらう

相続人は、相続が発生する前に、自分の遺留分を放棄することができます。
そのため、後継者以外の相続人に遺留分の事前放棄をしてもらうことで、後継者1人に株式や事業用資産を相続させることができるようになります。

しかし、遺留分の事前放棄をするためには、遺留分を放棄する相続人が自ら家庭裁判所へ申し立て、許可を得なければなりません。
遺留分は法的に保障された権利であるため、事前に放棄する場合でも厳格な手続きが求められます。

遺留分に関する民法の特例を活用する

遺留分に関する民法の特例を活用すると、経営者から後継者に生前贈与された自社株式や事業用資産を、遺留分算定基礎財産から除外または減額することが可能です。
詳しい情報は、次章で解説します。

遺留分に関する民法の特例とは?

遺留分に関する民法の特例は、事業承継を円滑に進めるために設けられた制度で、後継者に自社株式を集中させ、経営の安定化を図る目的で、中小企業などに適用されるものです。
この特例は、遺留分の取り扱いに関して、相続人間のトラブルを回避しながら、後継者が確実に事業を承継できるようにするための仕組みです。

遺留分に関する民法の特例を活用すると、下記の方法を採用することができるようになります。

  • 除外合意
  • 固定合意

除外合意

除外合意とは、事業承継の際に、後継者が贈与により取得する自社株式や会社資産について、遺留分の算定基礎から除外することを相続人全員で合意することです。
後継者が取得する会社の株式や事業資産を他の相続人からの遺留分請求から保護し、後継者が安定的に経営権を確保できるようにすることが目的です。

除外合意を行うことで、後継者が取得する会社の株式や事業用資産が、遺留分算定の際に考慮されなくなるため、他の相続人が遺留分請求をする際にその財産が除外されます。
これにより、自社株式の分散を避けて安定した事業承継が行えるようになります。

固定合意

固定合意とは、後継者が贈与によって取得する自社株式や事業用資産について、その評価額を合意時点の評価で固定する合意のことです。
株式や資産の価値が時間経過や事業成長によって上昇した場合でも、遺留分の請求に伴う評価額を一定にすることで、後継者が大きな財政的負担を負わずに済むようにすることが目的です。

固定合意をすることで、相続後に株式や資産の価値が上昇した場合でも、遺留分の請求における評価は合意時の価値に基づくため、後継者が過度に負担を強いられることがありません。

遺留分に関する民法の特例を適用するための要件

遺留分に関する民法の特例を適用するためには、経営承継円滑化法で定められている要件を満たす必要があります。
そして、その要件は会社を承継する場合と個人事業を承継する場合で異なるので、それぞれ解説します。

会社を承継する場合

会社の経営を承継する場合、以下の要件を満たさなければなりません。

対象 要件
会社 経営承継円滑化法に定める中小企業であること
・非上場企業であること
・合意時点で3年以上継続して事業を行っていること
先代経営者 ・過去または合意時点で会社の代表者であること
後継者 ・合意時点で会社の代表者であること
・先代経営者から株式を取得したことにより、会社の議決権の過半数を保有していること

個人事業を承継する場合

個人事業の経営を承継する場合、会社が存在しないため会社に対する要件はありませんが、先代経営者と後継者に対する要件を満たす必要があります。

対象 要件
先代経営者 ・合意時点において3年以上継続して事業を行っていること
・全ての事業用資産を後継者に贈与していること
後継者 ・合意時点で個人事業者であること
経営承継円滑化法に定める中小企業であること
・全ての事業用資産を先代経営者から贈与されていること

遺留分に関する民法の特例を適用する手順

遺留分に関する民法の特例を受けるためには、以下の流れで手続きを進めます。

  1. 合意書を作成する
  2. 経済産業大臣の確認を受ける
  3. 家庭裁判所の許可を受ける

1.合意書を作成する

最初に、遺留分に関する除外合意や固定合意を行うため、遺留分を有する相続人全員の同意を得る必要があります。
合意には、相続人全員の同意が必要であり、一人でも異議を唱える相続人がいる場合は、この特例を活用できません。

全員の合意が取れれば、それを証明するための合意書を作成しましょう。

2.経済産業大臣の確認を受ける

次に、合意した日から1ヵ月以内に必要書類を添付して、「遺留分に関する民法の特例に係る確認申請書」を提出します。
こちらの書類は、経済産業省中小企業庁に提出し、経済産業大臣の確認を受けることになります。

なお、添付が必要な書類は、会社経営を引き継ぐ場合と、個人事業を引き継ぐ場合で異なるため、注意が必要です。

3.家庭裁判所の許可を受ける

経済産業大臣から確認書が交付されたら、1ヵ月以内に後継者は家庭裁判所に申立書と必要書類を提出し、許可を受ける手続きを行います。
提出先は、先代経営者の住所を管轄する家庭裁判所です。

家庭裁判所の許可を受けることができれば、合意の効力が発生します。

遺留分に関する民法の特例を適用できない場合の対処法

もし、相続人のうち、1人でも合意に応じない者がいれば、遺留分に関する民法の特例を受けることはできません。
そのような場合、以下のような遺留分対策を実施してトラブルに発展するリスクを軽減しましょう。

  • 遺留分に配慮した遺言書を作成する
  • 生命保険を活用する

遺留分に配慮した遺言書を作成する

遺言書を作成する際は、遺留分について配慮した上で、誰にどんな財産を相続させるかを明確に記載しておきましょう。
これにより、相続人同士の混乱や不透明さを回避し、相続手続きが円滑に進みます。

各相続人の遺留分を計算し、後継者に株式や事業用資産を集約させ、他の相続人には現金や代替の財産を分配することで、後継者が安定して事業を引き継ぐことができるようになります。

生命保険を活用する

事業承継において、経営権を集約させるために、生命保険を活用する方法も有効です。
生命保険を利用することで、遺留分を請求する可能性のある相続人に対する代償金を確保することができます。

これにより、後継者に株式や事業を引き継ぎながら、遺留分の支払いにも対応できる財源を準備することができます。

遺留分に注意して事業承継を進めましょう

事業承継において、遺留分の特例を活用することは、後継者に経営権を安定的に引き継がせるために有効な手段です。
遺留分の民法に関する特例には、遺留分の除外合意や固定合意があり、相続人全員の同意を得てから経済産業大臣と家庭裁判所の確認を経て、効力を発揮します。

事前の対策と適切な計画を立てることで、遺留分によるトラブルを回避し、円滑な事業承継を実現しましょう。

遺留分に考慮しながら事業承継を進める際は、その分野に精通した専門家の協力が欠かせません。
事業承継M&Aパートナーズは、遺留分を慎重に考慮しながら最適な事業承継を実現することができます。
遺留分や事業承継についてお悩みの方は、ぜひご相談ください。

※本記事は、その内容の正確性・完全性を保証するものではありません。
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