被相続人が残した財産の相続権を放棄することを「相続放棄」と言います。
現金や不動産といったプラスの財産だけでなく、借金や未払金などのマイナス財産の相続権も放棄されるため、基本的には財産価額がマイナスである時に選択されることが多いです。
相続放棄にはいくつかメリットやデメリットがあり、それらをよく理解しておかないと、後悔してしまうことも考えられます。
今回のコラムで相続放棄について詳しく解説するので、ぜひご覧ください。
相続放棄のメリット・デメリット
相続放棄のメリット・デメリットを解説します。
単純承認と比較し、相続放棄することには以下のような効果があります。
※単純承認とは、被相続人の財産を全て無条件で相続することを指します。
相続放棄のメリット
まず、相続放棄のメリットとしては、以下のようなことが挙げられます。
- 被相続人が抱えていた負債から解放される
- 相続争いを回避できる
- 特定の相続人が多くの財産を相続できる
被相続人が抱えていた負債から解放される
仮に被相続人が負債を抱えていた場合、相続人はその返済額分も含めて、定められた割合(法定相続分)の財産を引き継ぐことになります。
負債の額が資産の額を上回っていた場合も同様ですが、そのような負債から解放されることが相続放棄の最大のメリットです。
相続争いを回避できる
相続争いに巻き込まれることを避けるため、相続放棄が選択される場合もあります。
多額の財産を取り合って相続争いに発展し、親族間の人間関係が崩れてしまうケースは珍しくありませんが、相続放棄によってそのような事態を回避することができます。
特定の相続人が多くの財産を相続できる
特定の相続人により多くの財産を相続させたい場合にも、相続放棄は有効です。
仮に父親・母親・息子・娘の家庭で父親が亡くなってしまった場合、法定相続分は以下のような割合になります。
母親:息子:娘=2:1:1
例えば子供二人は既に独立しており、母親は高齢でほとんど収入がないということも考えられます。
そのような場合に子ども二人が相続放棄すると、全ての財産は母親が引き継ぐことになり、生活費を得ることができます。
相続放棄のデメリット
一方、相続放棄には以下のデメリットがあります。
- 資産の相続権を失う
- 他の相続人が負債を引き継ぐことになる
- 撤回・取消しができない
資産の相続権を失う
相続放棄の最大のデメリットは、プラスの財産に関しても一切の相続権を失ってしまうことです。
現金、預貯金、不動産のほか、自動車や家財など、被相続人の所有物だったものを持ち出すことはできなくなってしまいます。
他の相続人が負債を引き継ぐことになる
相続人が複数人いる場合、一人の相続人が相続放棄を選択すると、他の相続人がその分の負債も引き継ぐことになります。
また、第一順位の相続人全員が相続放棄したとしても、第二順位、第三順位にあたる血族相続人が相続人になることも考えられます。
それらの可能性も考慮し、親族全員で意思を統一することが大切です。
撤回・取消しができない
一度相続放棄を選択すると、基本的に取り消すことは不可能です。
自分が認識していなかった財産が後になって発覚した場合も相続することはできないので、十分注意する必要があります。
相続放棄を選択すべき場合は?
一般的に相続放棄を選択することが望ましいケースを解説します。
以下に当てはまる場合は、相続放棄の検討をおすすめします。
- 負債が資産を上回っている場合
- 相続争いを回避したい場合
- 他の相続人に財産を相続させたい場合
負債が資産を上回っている場合
負債が資産を上回っており、財産価額がマイナスである場合は、相続放棄を選択することが望ましい場合が多いです。
ただし、資産の中に思い入れの強い物品が多く含まれている場合も珍しくありません。
負債がそこまで高額ではない場合は、単純承認を選択し、借金を返済する方も多いです。
相続争いを回避したい場合
例えば被相続人が会社の経営者であったり、役員であったりする場合は、財産が高額になることが多いです。
しかし、中には株式や不動産のように平等に分配することが困難な財産もあり、それを巡って相続争いが起こる可能性があります。
- 親族間の人間関係が崩壊する
- 膨大な時間と労力を要する
- 相続手続きが長引き、控除が受けられない
相続争いには主に上記のような問題が発生することが考えられますが、相続放棄を選択することで、相続争いに巻き込まれることを避ける、あるいは相続争いそのものの勃発を防ぐことができます。
他の相続人に財産を相続させたい場合
財産価格がプラスであろうとマイナスであろうと、基本的に財産は法定相続分に則り、各相続人に平等に分配されます。
しかし、一部の相続人が相続放棄を選択すると、他の相続人の相続分が大きくなります。
その特性を活用すれば、特定の相続人がより多く、あるいは全ての財産を相続することも可能です。
そのような理由で選択される例としては、下記のようなケースが挙げられます。
- 収入がない相続人の生活費に充てる場合
- 特定の相続人が不動産を管理する場合
- 被相続人が経営していた会社の承継資金に充てる場合
迷った場合は限定承認が有効
- 多額の負債があるけれど、どうしても相続したい財産がある
- 資産と負債のどちらが多いか判別できない
仮にこのような状況に陥ってしまうと、相続放棄すべきかどうか、判断することは非常に困難です。
相続には期限が設けられているため、悠長に考えることはできませんが、このような場合には「限定承認」が有効である可能性があります。
限定承認とは?
「限定承認」とは、相続によって得た資産(プラス)の限度において、債務(マイナス)を相続することができる制度です。
例えば、資産が500万円、負債が1,000万円と、明らかに財産価格がマイナスであっても、資産の中に相続人が現在も暮らしている住宅が含まれている場合、容易に相続放棄を選択することはできません。
しかし、限定承認を活用すれば、住宅と、住宅の評価額と同じ分の負債のみを引き継ぐことが可能になります。
資産と負債、どちらの額が大きいかわからない場合でも限定承認は有効です。
最終的に負債の方が大きかった場合も、資産以上の負債を被る必要はなく、資産の方が大きかったとしても、返済すべき負債の額は変わりません。
限定承認は手続きが複雑
前述した限定承認の特徴だけを見ると、単純承認を選択するメリットがないように感じますが、限定承認は非常に複雑な手続きを要します。
家庭裁判所への申立てだけでなく、税理士に依頼し、連携して準確定申告や譲渡所得税申告を行う必要があります。
手続きはおよそ1~2年の長期に渡ることが多く、相続人全員が限定承認に賛同する必要があるという注意点があります。
相続人全員が相続放棄した場合はどうなる?
第二順位・第三順位の血族相続人も含め、相続人全員が相続放棄を選択した場合は、家庭裁判所に「相続財産管理人」の選任申立をする必要があります。
名前の通り、相続財産を管理することが責務の一つとして挙げられますが、財産を換価し、負債を清算しなければいけません。
仮に財産で負債を清算しきれなかった場合は、家庭裁判所の承認後、弁済の手続きが行われます。
反対に負債を清算しても資産が余り、誰も引取り手がなくなった場合は国庫に帰属することになります。
相続放棄に必要な費用
相続放棄を申述する場合、一人につき以下の費用が発生します。
- 被相続人の住民票除票、または戸籍附票:300円
- 申述人(放棄する方)の戸籍謄本:450円
- 被相続人の死亡の記載のある戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本:450~750円
- 収入印紙:800円
- 連絡用の郵便切手:500円(家庭裁判所によって異なる)
地域によって金額に多少の差異がありますが、これらは最低限発生する費用です。
仮に司法書士や弁護士に手続きを依頼する場合、これらとは別に3万~10万円程度の手数料が発生します。
相続放棄の手続き方法・流れ
相続放棄の申述先
相続放棄は被相続人の生前の住所を管轄している家庭裁判所に申述します。
各書類を直接、あるいは郵便で提出します。
相続放棄に必要な書類
相続放棄の申述に必要な書類は、申述人によって異なります。
共通して必要な書類
- 相続放棄の申述書
- 被相続人の住民票除票、または戸籍附票
- 申述人(放棄する方)の戸籍謄本
配偶者の場合
- 特になし
子ども・孫の場合
- 被相続人の死亡の記載のある戸籍謄本
- 被相続人の子どもの死亡の記載のある戸籍謄本(孫の場合)
親・祖父母等の場合
- 被相続人の出生から死亡までの全ての戸籍謄本
- 被代襲者(配偶者・子ども)の死亡の記載のある戸籍謄本
- 被相続人の親の死亡の記載のある戸籍謄本(祖父母の場合)
兄弟姉妹・甥姪の場合
- 被相続人の出生から死亡までの全ての戸籍謄本
- 被代襲者(配偶者・子ども)の死亡の記載のある戸籍謄本
- 被相続人の親の死亡の記載のある戸籍謄本
- 被相続人の兄弟姉妹の死亡の記載のある戸籍謄本(甥姪の場合)
相続放棄の申述手順
相続放棄の申述は、以下の手順で行います。
- 財産調査を行う
- 必要書類を取得する
- 申述書を作成する
- 家庭裁判所に申述書を提出する
- 家庭裁判所から照会書が届く
- 照会書に同封されている回答書を記入・返送する
- 家庭用裁判所から相続放棄申述受理通知書が届く
上記の手順を終えれば、相続放棄は完了です。
迅速に進めたとしても、およそ1~2週間ほどの期間を要するでしょう。
相続放棄をする場合の注意点
最後に、相続放棄の注意点を解説します。
申述する際は以下の点に気を付けましょう。
相続放棄には期限がある
相続放棄は、相続開始から3か月以内に申述する必要があります。
この期間を「熟慮期間」と言いますが、もし経過してしまった場合は、単純承認を
したものとみなされてしまうため、必ず余裕を持って申述しましょう。
なお、熟慮期間は家庭裁判所に申立てをすることで延長することが可能です。
特殊な事情により、3か月以内の申述が困難である場合に活用しましょう。
財産を使用・処分すると相続放棄できない
相続放棄の前に財産を使用、あるいは処分してしまうと、相続放棄できなくなってしまう恐れがあります。
期限を過ぎてしまった場合と同様、単純承認をしたものとみなされてしまいます。
生前は相続放棄できない
もし多額の債務があることが事前に発覚していたとしても、被相続人が生きている間は相続放棄することができません。
仮に申述書を家庭裁判所に提出しても、受け付けられません。
生命保険は受け取ることができる
生命保険によって発生した保険金は、あくまで被保険者ではなく、受取人の固有の財産として扱われます。
そのため、相続人が受取人に指定されている場合は、例え相続放棄を選択しても、保険金を受け取ることが可能です。
ただし、受け取った保険金は「みなし相続財産」として扱われ、相続税の対象になります。
解約返戻金を受け取ると相続放棄できない場合がある
生命保険が解約された場合には「解約返戻金」が支払われるケースもありますが、解約返戻金は原則被相続の相続財産として扱われます。
相続人が受け取ってしまうと、相続放棄できなくなってしまう場合があるため、十分注意しましょう。
生前贈与で受け取った財産に課税義務はない
通常、相続開始時から3年以内に生前贈与されていた財産は相続税の対象になりますが、相続放棄をした場合は生前贈与があっても課税義務は発生しません。
混同してしまう方も多いので、事前に把握しておきましょう。
ただし、「相続時精算課税」を適用している場合は例外で、贈与された財産の評価額に対し、納税義務が発生します。
※相続時精算課税とは、贈与時に発生する贈与税を計算し、贈与者が亡くなった際に相続税として精算する制度を指します。
相続放棄は親族間での十分な話し合いが大切
相続放棄は債務から解放されること以外にもいくつかメリットがありますが、反対にデメリットもあります。
解説した通り、注意点も多いため、相続放棄を選択する場合は親族同士で緻密にコミュニケーションを取り、慎重に検討することが大切です。
ただ、3か月という期限が設けられていることには十分気を付ける必要があります。
いざ相続が開始されてから焦ることのないよう、前もってよく話し合っておきましょう。
※本記事は、その内容の正確性・完全性を保証するものではありません。
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