M&Aの手段の一つに事業譲渡(事業売却)という選択肢があります。
事業譲渡は、基本的には売り手企業から買い手企業へ従業員を転籍させることになるため、従業員に大きな影響を与え、場合によっては従業員が大量に退職してしまう可能性があります。
事業譲渡によって会社の重要な資産である従業員を失わないためには、従業員一人ひとりに対して適切な対応をする必要があります。
本記事を参考に従業員への対応のポイントを押さえ、スムーズな事業譲渡の実現を目指しましょう。
事業譲渡とは
事業譲渡とはM&Aの一種であり、会社における一部の事業を売却する取引のことです。
事業譲渡の大きな特徴としては、譲渡する対象や範囲を選択できることが挙げられ、資産や負債についても自由に譲渡するか否かの選別が可能です。
また、資産については工場などの有形資産だけでなく、従業員などの人材、取引先との関係、ノウハウなどの無形資産も譲渡するという点も特徴的です。
ただし、資産や負債・雇用関係等を一つずつ個別に手続きを行う必要があるため、取引きが複雑になるケースが少なくありません。
中でも従業員の処遇は慎重に取り扱うべきです。
従業員によっては事業譲渡を機に新しい環境で働く場合もあり、様々な面で不安が生じます。
従業員の気持ちへの配慮や対応を疎かにすると大きな問題が生じ、事業譲渡が上手くいかない可能性も出てきます。
具体的に従業員が事業譲渡の際にどのような不安や悩みを抱えているのかを次で説明していきます。
従業員が抱える不安とは?
従業員は事業譲渡に対して様々な理由で不安を抱え、場合によっては従業員が離職してしまう可能性も否定できません。
事業のキーパーソンや中堅人材といった優秀な人材が離職してしまうと、事業譲渡の目的が果たせなくなってしまいます。
事業譲渡による従業員の不安を理解し、どう対応していくべきかを考えていきましょう。
- モチベーションの低下
- 給与や退職金など待遇悪化
- 人間関係での軋轢
モチベーションの低下
事業譲渡によって譲受企業に転籍する従業員も出てきます。
譲受企業の就業規則や経営方針に馴染めず、自身のキャリアプランの見直しが必要になってきたりして、仕事に対するモチベーションが下がる可能性が出てきます。
また、譲渡企業に残留する従業員の中でも配置転換をされる従業員は、不満や不安が蓄積していき、仕事への意欲が低下してしまうかもしれません。
その他にも、中小企業では経営者の色が強く出るため、「この経営者のもとだから頑張れる」と、経営者を慕う従業員も多くいます。
事業譲渡により経営者が変わることに抵抗を感じ、「経営者が変わるなら辞める」と自主退職を申し出る従業員が出てくる可能性も大いにあります。
以上のように、事業譲渡後の環境によるストレスや相性が合わないといった理由で、従業員の仕事へのモチベーションが下がってしまうのではないかと考えられます。
給与や退職金などの待遇悪化
事業譲渡で従業員の待遇が変わる可能性は大いにあります。
就業時間や給与の引下げ、退職金の減額といった待遇の悪化に関する不安が募るのは当然でしょう。
また、勤務地や部署の変更により引越しを伴う可能性もあり、家族にも迷惑をかけるのではないかという不安も生じてしまいます。
待遇の悪化が従業員の退職に直結する可能性も大いにあるため注意しましょう。
人間関係での軋轢
譲渡企業と譲受企業とで異なる企業文化を持っている場合、業務に対する取り組み方などを巡って従業員同士の対立が起こる可能性があります。
一般的に譲受企業の立場が上だと考えられ、譲受企業の風土や価値観ばかりを押し付けられると譲渡企業の従業員は不満を感じてしまいます。
従業員同士の軋轢が生じたままではM&Aのメリットであるシナジー効果も活用がしづらくなり、業務効率が悪化してしまう可能性も出てきます。
事業譲渡前にあまりにも企業文化が異なることがわかっていたり、譲受企業の従業員に対して良い印象を持っていなかったりすると、従業員は事業譲渡に対して賛成しづらくなってしまうでしょう。
事業譲渡による従業員の不安を消す方法
ここまで、事業譲渡により従業員が抱きやすい不安についてみてきましたが、具体的な不安の解消方法が気になる方も多いと思います。
以下で解消方法を一つずつ解説していきます。
- 事業譲渡のメリットをアピールする
- 適切なタイミングで事業譲渡を公表する
- 労務デューデリジェンスを実施する
- 譲受企業を選んだ理由を説明する
- 譲受企業に従業員の待遇や処遇を交渉する
従業員の不安を取り除く方法をそれぞれ説明していきます。
事業譲渡のメリットをアピールする
従業員にとって、事業譲渡がいかにメリットのあるものなのかをしっかりと説明することは従業員の不安の解消に繋がります。
一般的に、M&Aでは譲渡企業より譲受企業の規模が大きく、譲渡企業の従業員にとっては労働条件や待遇が良くなることも珍しくありません。
特に譲受企業が大企業や上場企業であれば、充実した福利厚生、住宅ローンを組む際の信用性といった社会的信用性も高まります。
また、キャリアアップも実現し、倒産の可能性も低下します。
以上のようなメリットを漏れなくきちんと説明することで、従業員は安心して事業譲渡を受け入れてくれると考えられます。
従業員はM&Aや事業譲渡の知識がないことが多いので、経営者にとって当たり前だと思っている知識や考え方も省略せず、何も知らない従業員でも理解できるように丁寧に説明しましょう。
適切なタイミングで事業譲渡を公表する
役員などの重要な役割を担う従業員には基本合意書の締結前に、その他の従業員には最終契約書の締結前後に事業譲渡を公表しましょう。
基本合意書に記載されている内容は仮決定ではあるものの、締結以降は本格的に事業譲渡の検討に入っていくため、締結の前に役員級の従業員との協力体制は整えておきましょう。
その他の従業員にとっては事業譲渡後の雇用や労働条件が重要になってくるので、それらが確定してから公表すべきです。
雇用等について未定の段階で事業譲渡を公表してしまうと、従業員の混乱を招いてしまいます。
また公表が早すぎると、従業員が情報を悪用してインサイダー取引を行ったり、社外に情報が漏れて株式市場を混乱させたりといった事態を招きかねません。
公表のタイミングを間違えてしまうと、社内の従業員だけでなく社外にも悪影響を与えてしまいます。
適切なタイミングで公表することにより従業員の不安を解消しましょう。
労務デューデリジェンスを実施する
デューデリジェンスとは、対象企業の価値やリスクを把握するための調査であり、労務管理や安全衛生管理などの労務領域におけるデューデリジェンスが労務デューデリジェンスです。
労務デューデリジェンスの目的は、労務領域におけるコンプライアンス上の問題点や労務上のリスク、隠れた債務などを洗い出し、企業価値を適切に把握することです。
そこで労務デューデリジェンスでは以下のような項目をチェックします。
- 労働法の遵守状況
- 社会保険の加入状況
- 労働組合との関係性
- 未払い残業代の有無
- 労使トラブルの有無
- 過去の懲戒処分の有無
- 組織風土・社内のルール
「その企業に自社の大切な社員を引き継いでもらっていいのか」「会社と従業員との間にトラブルはないか」といった部分を明確にしましょう。
その上で経営者が事業譲渡に心から納得できた企業でなければ、従業員に説明する際に説得力がありません。
労務デューデリジェンスの結果をもとに、事業譲渡が安心なものであることを客観的に従業員に示すことで、彼らの不安を解消しましょう。
譲受企業を選んだ理由を説明する
事業を売却する側の従業員にとって、買い手企業の傘下に入ることは不安感を伴うのは言うまでもありません。
上で挙げた労務デューデリジェンスの結果等をもとに、譲受企業がどんな会社なのか、どういう目的を持った事業譲渡なのかを丁寧に説明することが大切です。
事業譲渡の経緯や理由に納得してもらえないまま事業譲渡を行っても、事業譲渡後の従業員のモチベーションや業務効率の低下に繋がってしまいます。
事業譲渡の経緯や譲受企業を選んだ理由の説明の際に、譲受企業の経営者や事業譲渡の担当者に同席してもらい、譲渡企業の従業員に自己紹介や挨拶をしてもらうのも効果的でしょう。
譲受企業に従業員の待遇や処遇を交渉する
事業譲渡後の待遇や処遇の悪化は従業員が離職する大きな要因になってきます。
譲渡企業側は譲受企業との交渉の際、従業員の待遇等をしっかり交渉しましょう。
譲受企業から従業員の解雇や転勤が求められる場合は、事業譲渡の中止も選択肢の一つになってきます。
しかし、譲受企業としても交渉を決裂させたくないので、譲渡企業の従業員が不満を持つような待遇や処遇の変更は回避してくれます。
また多くの場合、譲受企業は譲渡企業側の要望をのんでくれるので、交渉により従業員の働きやすさを確保することで、事業譲渡後のモチベーションの低下や離職を防ぎましょう。
まとめ
事業譲渡は手続きが多く、経営者はたくさんの時間と労力を割かなければいけません。
だからと言って、従業員一人ひとりの処遇を適当に扱ってしまうと、時間をかけて行った事業譲渡が失敗してしまうだけでなく、従業員の人生にも悪影響を与えてしまう可能性があります。
本記事で取り上げた対策を参考に、事業譲渡による従業員の離職を防ぎ、事業譲渡後の従業員の働きやすさとスムーズな事業譲渡を実現しましょう。
事業承継M&Aパートナーズでは事業譲渡などのM&Aに関するご相談を承っておりますので、気軽にご相談ください。
※本記事は、その内容の正確性・完全性を保証するものではありません。
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