事業承継の際に発生する多額の税負担から、事業承継を躊躇する経営者や後継者が多く、実施に踏み出せない企業も少なくないでしょう。
そこで政府が実施した支援策が、後継者へ事業を承継する際に発生する贈与税、または相続税の納税猶予・免除が受けられる「事業承継税制」です。

事業承継税制は、一度適用されればその効力がずっと続くわけではありません。
事業承継税制には取消事由というものが存在し、取消事由に該当してしまえば即時納税義務が発生してしまいます。

そこで、本記事では事業承継税制の取消事由について詳しく解説します。
取消事由に該当しないためのポイントも併せて紹介するので、本記事で理解を深めてください。

  1. 事業承継税制の目的
  2. 事業承継後5年間だけ適用される事業承継税制の取消事由
  3. 事業承継後6年目以降に適用される事業承継税制の取消事由
  4. 事業承継税制の取消事由に該当したらどうなる?
  5. 事業承継税制の取消事由に該当しないためのポイント
  6. 事業承継税制の取消事由を理解して適用を継続させましょう

事業承継税制の目的

事業承継税制の目的に基づいて、取消事由が定められています。
そのため、まずは事業承継税制の目的を理解しておきましょう。

事業承継税制は、後継者が事業承継において多額の税負担を課せられることから、企業は相応しい後継者を見つけることができず、廃業してしまう企業を減らすことを目的として創設されました。
事業承継後も後継者が健全に会社を経営するために、税負担を軽減するための制度が事業承継税制です。

事業承継税制の認定後、後継者が健全な経営を継続できているかを確認するために取消事由が定められています。
この目的をしっかり理解して、取消事由に該当しないように経営していくことが必要です。

さらに、事業承継後5年間だけ適用される取消事由と、6年目以降に適用される取消事由があります。
詳しくは次章以降に説明します。

事業承継後5年間だけ適用される事業承継税制の取消事由

事業承継後5年間だけ適用される取消事由は、以下の通りです。

  • 後継者が代表者ではなくなった
  • 平均従業員数が8割を下回った
  • 都道府県・税務署への届出を提出しなかった
  • 後継者と同族関係者の議決権が5割を下回った
  • 後継者以外の同族関係者が後継者の議決権を超えた
  • 会社が解散または組織変更をした
  • 納税猶予対象株式を一部または全部譲渡した
  • 黄金株を後継者以外の者が保有した

後継者が代表者ではなくなった

事業承継後5年間は事業承継期間と呼ばれ、事業承継期間内は後継者が会社の代表でなければいけません。
そのため、後継者が退任または株式譲渡などにより代表者ではなくなった場合、取消事由に該当してしまいます。

しかし、以下のようなやむを得ない理由がある場合は取消事由には該当しません。

  • 精神障害者保健福祉手帳1級の交付を受けた
  • 身体障害者手帳1級または2級の交付を受けた
  • 要介護5の認定を受けた

後継者が心身共に健康な状態で経営できることが望ましいです。
しかし、上記要件に当てはまる、または上記要件に類すると認められた場合、後継者が代表者でなくなっても事業承継税制の適用が取り消されることはありません。

万が一、後継者が死亡した場合は事業承継税制の適用は取り消されますが、税務署へ「免除届出書」または「免除申請書」を提出することで、納税は免除されます。

平均従業員数が8割を下回った

事業承継期間内は、従業員の雇用を平均8割以上とすることが義務になります。
業績の悪化や事業規模縮小などによって、平均8割以上の従業員の雇用を維持できなくなった場合、事業承継税制の適用が取り消されてしまいます。

しかし、事業承継税制の特例措置を受けている場合、5年間の平均雇用が8割を下回っても正当な理由を都道府県に報告すれば、事業承継税制の適用が取り消されることはありません。
都道府県への報告書には、認定経営革新等支援機関の所見を記載する必要があります。

平均8割の雇用を維持できなくなった理由によっては、認定経営革新等支援機関から指導や助言を受けなければならないことを覚えておきましょう。

都道府県・税務署への届出を提出しなかった

事業承継税制の適用を継続させるためには、以下の書類を5年間、毎年欠かさず提出する必要があります。

  • 年次報告書:都道府県
  • 継続届出書:税務署

上記の書類は提出義務があるため、忘れないように注意が必要です。
事業承継税制を活用するのであれば、上記の書類を正しく作成・提出できる仕組みを作っておくことをおすすめします。

後継者と同族関係者の議決権が5割を下回った

事業承継期間内は後継者と同族関係者が経営の実権を握っていなければいけません。
しかし、後継者と同族関係者が有する議決権の数が総株主等議決権の5割を下回った場合、経営権がなくなってしまうため、事業承継税制の適用が取り消されます。

後継者以外の同族関係者が後継者の議決権を超えた

後継者と同族関係者の議決権が5割を上回っていたとしても、後継者より同族関係者の方が議決権を多く保有している場合、事業承継税制の適用が取り消されます。
この場合、同族関係者が筆頭株主となり、後継者が代表者ではないとみなされるためです。

後継者が最も多くの議決権を保有していなければいけないことを覚えておきましょう。

会社が解散または組織変更をした

会社が解散または一定の組織変更をした場合でも、事業承継税制の適用は取り消されるため、注意が必要です。

株式会社の場合、最後の登記から12年間、役員を登記しないままでいると解散したとみなされます。
これを「休眠解散(みなし解散)」と言い、休眠解散も解散に含まれることを覚えておきましょう。

納税猶予対象株式を一部または全部譲渡した

事業承継期間中に後継者が保有している株式を一部でも譲渡すると、取消事由に該当します。
一部だけ譲渡したとしても、納税猶予されている全ての自社株に対して相続税や贈与税の納税義務が発生してしまうという点に注意が必要です。

黄金株を後継者以外の者が保有した

黄金株とは、拒否権付株式のことを指し、株主総会や取締役会での議案を拒否できる権利を有している株式です。
後継者以外が黄金株を保有してしまうと、後継者の意思決定に対して拒否権を発動できることになり、後継者の経営権が不完全となるため、事業承継税制の適用が取り消されます。

事業承継後6年目以降に適用される事業承継税制の取消事由

事業承継後6年目以降に適用される取消事由は、以下の通りです。

  • 税務署への届出を提出しなかった
  • 納税猶予対象株式の一部または全部譲渡した
  • 資産管理会社に該当した
  • 本業の収入が無くなった

税務署への届出を提出しなかった

事業承継期間終了後は都道府県へ年次報告書を提出する必要はありませんが、税務署への継続届出書の提出は継続しなければなりません。
ただし、継続届出書を毎年提出する必要はなく、3年に1回となるため頻度が減ります。

頻度が減ることで書類を作成する負担は軽減されますが、次の提出までの期間が空いてしまうため提出を忘れてしまうリスクがあります。
頻度が減っても提出を忘れないようにしっかり管理しましょう。

納税猶予対象株式の一部または全部譲渡した

事業承継後6年目以降、納税猶予対象株式の一部または全部を譲渡した場合、譲渡した株式については納税猶予額を納税する必要があります。
しかし、譲渡していない株式については納税猶予は継続されるというのが、事業承継期間5年間とは異なる点です。

例えば、納税猶予対象株式を100株保有しているとして、そのうち30株を譲渡した場合、30株分の納税猶予は打切りとなりますが、残り70株は納税猶予が継続されます。
事業承継期間中とは要件が異なるため、混同しないように注意しましょう。

資産管理会社に該当した

資産管理会社とは、資産保有型会社または資産運用型会社の総称です。
資産管理会社に該当した場合、事業承継税制の適用要件から外れるため、適用を取り消されます。

しかし、平成31年の税制改正により、令和元年(2019年)4月1日以降は、資産管理会社に該当しても即時納税猶予が取り消されることはありません。
事業活動上やむを得ない事情により資産管理会社に該当してしまっても、その日から6ヵ月以内に再び該当しなくなった場合は、事業承継税制の適用が継続されることになりました。

 

本業の収入がなくなった

本業の収入がなくなってしまうと、事業実態がないとみなされるため、納税猶予は打ち切られます。
たとえ本業以外で利息収入や配当収入があったとしても、本業の収入がない場合は事業承継税制の適用は認められません。

事業承継税制の取消事由に該当したらどうなる?

事業承継税制の取消事由に該当した場合、猶予されていた贈与税または相続税を全額または一部を納付しなければなりません。
加えて、利子税も納付する必要があり、税負担は高額になってしまうでしょう。

ただし、事業承継税制の特例措置を受けている場合は、経営環境の変化による減免措置が認められています。

一般措置の場合は、後継者が自主廃業したり株式譲渡を実施したりして株価が下落していても、承継時の株価を基に贈与税または相続税が課税される仕組みです。
一方、特例措置の場合は売却額や廃業時の評価額を基に納税額を計算するため、事業承継時の納税額との差額が減免されます。

例えば、事業承継時の評価額が5億円で納税猶予額が2億円だとします。
10年後に評価額が3億円まで減少し、再計算した納税額が1億2千万円だった場合、納税額は事業承継時の2億円ではなく、再計算された1億2千万円になるということです。

なお、減免措置が受けられるのは事業承継後6年目以降ということを覚えておきましょう。

事業承継税制の取消事由に該当しないためのポイント

事業承継税制の適用が取り消されてしまった場合、後継者は多額の税負担を強いられることになるため、細心の注意を払わなければいけません。
事業承継税制の取消事由に該当しないように、以下のポイントを抑えておきましょう。

  • 必要書類の提出を忘れない
  • 従業員の雇用維持が困難なときは報告書を提出する
  • 専門家に相談して随時助言を受ける

必要書類の提出を忘れない

先述した通り、事業承継税制の適用を継続させるためには、事業承継後5年間は毎年、都道府県に「年次報告書」を、税務署には「継続届出書」を提出しなければなりません。

事業承継後5年間は毎年書類を提出する必要があるため、忘れることは少ないでしょう。
しかし、6年目以降は税務署のみに「継続届出書」を3年に1回提出することになり、提出する書類と頻度が減るため、忘れてしまう可能性が高まります。

書類の提出を忘れないように、組織的に管理する仕組みを構築すると良いでしょう。

従業員の雇用維持が困難なときは報告書を提出する

特例措置を受けている場合、従業員の雇用を平均8割以上維持できなくなっても、報告書を提出すれば打ち切られることはありません。
しかし、特例措置を受けていたとしても報告書の提出を怠ったり、虚偽の報告をしたりすると、事業承継税制の適用が取り消されるため、確実に提出しましょう。

報告書には認定経営革新等支援機関の所見を記載しなければなりません。
報告書の作成はスケジュールに余裕をもって進めることがポイントです。

専門家に相談して随時助言を受ける

事業承継税制の取消事由は、本記事で紹介したもの以外にも多岐に渡ります。
取消事由を全て詳細に把握しながら、継続して要件を満たすためには多くの専門的な知識が必要になるでしょう。

自身で全て管理することは難しく、本業に差し支える可能性があるため、専門家の力を借りることをおすすめします。
専門家の力を借りることで、確認不足や知識不足により事業承継税制の適用が取り消されるリスクを軽減できるだけでなく、自身も本業へ集中して取り組めるというメリットがあります。

事業承継税制の取消事由を理解して適用を継続させましょう

事業承継税制は、後継者の税負担を大きく軽減して事業承継を後押しするための制度です。
事業承継税制の適用が取り消されてしまったら、後継者はそのタイミングで大きな税負担を強いられるため、取消事由に該当しないように注意しながら会社を経営しなければなりません。

事業承継税制の適用を取り消されないためには、取消事由を理解することが大切です。
自身で全て管理・把握することが難しい場合は、専門家の力を借りると良いでしょう。

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