借入金が会社に残っている状態で、後継者に事業承継をした場合、基本的に借入金も承継されます。
これは、親族内承継、親族外承継、M&Aのどの承継方法でも変わりません。
M&Aの場合、承継先が他人であることが多く、承継先も会社の負債額を考慮した上で行っているため、あまり懸念はないかもしれません。
しかし、親族内承継や親族外承継の場合、基本的には身内に借入金を引き継ぐため、不安に感じる経営者も多いのではないでしょうか。
今回のコラムでは、借入金を引き継ぐ際の問題点を解説し、その解決のために有効な借入金対策を5つ紹介します。
借入金引継ぎの問題点
借入金を引き継ぐ際に問題となるのは、主に以下の2つです。
- 承継後の後継者への負担
- 経営者(個人)保証に関する問題
承継後の後継者への負担
借入金を上手く活用し、会社を成長させていくことは企業にとって必要不可欠と言えるかもしれません。
しかし、事業承継で多額の借入金を引き継ぐことは、通常よりも大きなリスクとなる可能性があり、注意が必要です。
特に注意が必要なのは、事業承継後に金融機関の融資姿勢が急変することです。
具体的には、借入金を即座に全額返済するように求められることがあります。
このような場合、会社の倒産や廃業に繋がりかねないため、事前の対策が非常に重要になります。
経営者(個人)保証に関する問題
金融機関から融資を受ける際に、経営者保証を求められるというケースは少なくありません。
そのため事業承継に伴い、経営者保証も同時に引き継がれるということが多くあります。
経営者保証が引き継がれることで、後継者への経済的な負担が大きくなるだけでなく、大胆な事業展開の妨げになるなど、会社の成長へも悪影響を与えてしまう恐れがあります。
場合によっては、経営者と後継者の両方に経営者保証が求められる二重徴求という状態になることもあります。
5つの借入金対策
上記したように、借入金が多いことは事業承継において、あまりプラスに働くことはありません。
最悪の場合、借入金の引継ぎが問題となり、後継者に事業承継を拒まれてしまうことも考えられます。
そのため、借入金を全て無くす、あるいは限りなく減らした上で後継者へ引き継ぐことが大切です。
今回は、借入金を後継者に引き継ぐ際、後継者の負担を少しでも減らすために取るべき対策を5つ紹介します。
- 金融機関との交渉
- 相続放棄の検討
- 生命保険の活用
- DES(デット・エクイティ・スワップ)の活用
- 役員借入金の減少
金融機関との交渉
相続で事業承継が行われる場合、借入金の扱いに注意する必要があります。
基本的に相続が発生すると、相続人により遺産分割協議が開かれ、財産をどのように分割するかが話し合われます。
しかし、債務に関しては相続人の法定相続分の割合に応じて分割されてしまうため、後継者以外の相続人にも借入金が承継されてしまいます。
仮に、父親から長男への親族内承継を行う予定であり、相続人が配偶者と子供2人だった場合、法定相続分は配偶者が1/2、子供がそれぞれ1/4であるため、後継者である長男は全体の1/4の借入金しか負担しないということになります。
このような状況では、後継者以外の相続人の不満を生み、親族内での争いが起きかねません。
被相続人も望まない形での承継となってしまいます。
そのため、事前に債権者である金融機関と相談し、後継者1人が債務者となるように交渉することが大切です。
相続放棄の検討
最終的に、相続により引き継がなければならないプラスの資産と債務を考慮した結果、債務の方が大きくなる場合、後継者を含めた相続人は相続放棄という手段を取ることが可能です。
相続放棄を行うことで、資産を引き継ぐ権利も失いますが、債務も同様に引き継がれません。
ただし、相続放棄を検討する場合、以下の2つに注意する必要があります。
- 相続放棄の期間制限
- 他の相続人と十分に協議すること
注意点①:相続放棄の期間制限
相続人は相続開始を知ってから3ヶ月以内に、「単純承認」「限定承認」「相続放棄」の中からどれを行うか決める必要があります。
3ヶ月以内にいずれも行われなかった場合は、単純承認として相続されたことになります。
厳密に言えば、3ヶ月が経過したとしても家庭裁判所に相応の理由と共に申立てを行い、期間伸長が認められれば、相続放棄を行うことは可能です。
注意点②:他の相続人と十分に協議すること
相続放棄を行うと、放棄した人のみが相続人としての権利を放棄したことになり、相続人が法定の相続順位に従って変更されます。
そのため、相続人全員で十分な協議をせず自己判断で相続放棄を行うと、他の相続人に迷惑をかけることになってしまうため注意しなければいけません。
相続したくない!相続放棄のメリット・デメリットや手続きを解説!
被相続人が残した財産の相続権を放棄することを「相続放棄」と言います。 現金や不動産といったプラスの財産だけでな…
生命保険の活用
法人向けの生命保険の活用は、事業承継での借入金対策として有効です。
会社や経営者を受取人としておくことで、急な相続が発生してしまった場合でも保険金を借入金の支払いや事業の運転資金として活用することが可能です。
ただ、長期間の契約が必要なことが多いため、計画的に対策していく必要があります。
また、保険金に対して相続税は課されないため、相続税対策としても生命保険の活用は有効です。
DES(デット・エクイティ・スワップ)の活用
借入金の減少には自社の現状分析を行い、会社の経営改善に取り組むことが一番の手法ですが、短期間で大きく改善させることは容易ではありません。
財務状況の改善という点では、DES(デット・エクイティ・スワップ)という手法を用いることが効果的です。
DESは、借入金の一部を株式に切り替える手法のことを指し、具体的には、金融機関(債権者)の債権を株式で振り替えるという作業を行います。
この手法では、現金がなくても直接的に借入金を減少させることができ、後継者の負担を軽減させることができます。
ただ、資本金が増加するため課税関係には注意が必要です。
役員借入金の減少
役員借入金とは、会社に対して社長などの役員が貸し付けている個人資産のことを指します。
利息や返済期限も債権者である役員が自由に決めることができるため借りやすく、活用している中小企業も少なくはありません。
役員借入金を減少させることで、直接的に会社の借入金が圧縮されるのと同時に、相続税を減少させることができるため後継者の負担を減らすことができます。
役員借入金は、役員側からすると債権であるためプラスの財産という扱い方がされます。
そのため、役員借入金の額が多いと、相続が起きた際に後継者が負担する相続税額も大きくなってしまいます。
役員借入金の相続税対策としては、以下の3つが有効です。
- 役員報酬を借入金の返済に充てる
- 貸付金債権を暦年贈与する
- 貸付金債権を放棄する
役員報酬を借入金の返済に充てる
役員報酬を減額した分を借入金の返済に充てることで借入金額が減少し、相続税を減額することができます。
この手法であれば、借入金の返済に充てる資金を追加で用意する必要がないため、比較的容易に実施することができます。
また、役員借入金の弁済金は所得税や住民税の課税対象ではないため、役員にとっては節税効果もあります。
貸付金債権を暦年贈与する
暦年贈与とは、1年間(1月1日〜12月31日)で受けた贈与額が110万円を下回る場合は、贈与税が発生しないという制度を利用した贈与方法を指します。
経営者が所有する貸付金債権を後継者に暦年贈与することで、相続における後継者への相続税の負担を減少させることができます。
ただ、計画的な贈与とみなされた場合、課税対象となることがあるので注意しましょう。
暦年贈与の賢いやり方は?併用できるorできない非課税制度も紹介!
【歴年贈与】とは、暦年(つまり1月1日から12月31日)毎に贈与を行い、その贈与額が年間110万円以下の場合は…
貸付金債権を放棄する
役員が貸付金債権を放棄するという方法もあります。
債務超過であり、役員借入金の価値が実質的にない場合は、貸付金債権の放棄を検討してみるのも良いかもしれません。
貸付金債権の放棄には、債権者である役員から会社に対して「貸付金を免除する」という旨を記した内容証明郵便を出します。
ただ、貸付金債権が放棄されると会社側は債務免除益が計上され、法人税の対象となることには注意が必要です。
経営者保証問題の解決方法
コラムの前半に説明したように、借入金を引継ぐ際の大きな問題として、経営者保証の引継ぎがあります。
そのため、借入金対策と同様に経営者保証問題の解決を図ることも重要です。
今回は、経営者保証の問題を解決するために政府が推進している2つの取組みについて紹介します。
- 経営者保証ガイドライン
- 事業承継特別保証制度の利用
経営者保証ガイドライン
経営者保証ガイドラインとは、中小企業が金融機関から融資を受ける際に、経営者に経営者保証を求めるかの基準を示したものです。
法的な拘束力はありませんが、行政が中心となって進められている取組みであるため、金融機関のガイドラインの遵守が強く期待されています。
最終的な判断は債権者である金融機関ですが、ガイドラインが定める要件を満たすことが、経営者保証の解除には重要です。
経営者保証ガイドラインの3要件
- 資産の所有やお金のやりとりに関して、法人と経営者が明確に区分・分離されている
- 財務基盤が強化されており、法人のみの資産や収益力で返済が可能である
- 金融機関に対し、適時適切に財務情報が開示されている
(引用: 中小企業庁ホームページ)
事業承継特別保証制度の利用
事業承継特別保証制度は2020年の4月に、中小企業における事業承継を推進させることを目的に施行されました。
当制度を利用すれば、事業承継時の経営者保証を解除することができます。
適用対象企業は、
- 事業承継計画を策定し、3年以内に事業承継を実行する予定である中小企業
- 2020年1月1日〜2025年3月31日の間で事業承継を実行し、実行から3年以内の中小企業
満たす必要がある要件は以下の4つです。
- 債務超過ではない
- EBITDA有利子負債倍率が15倍以内である
- 会社と個人の分離がなされている
- 返済緩和中ではない
当制度での上限額は、2億8,000万円です。
そのため、上限額を超える保証を提供している場合は解除ができないため注意が必要です。
経営者保証の解除方法についてはこちらのコラムで詳細に解説しています。
経営者(個人)保証の解除に活用できる事業承継支援制度を解説!要件や注意点とは?
事業承継を行う際、大きな問題となっているのが経営者(個人)保証の引継ぎです。 日本の企業の内、99%以上の割合…
長期的な借入金対策が重要
借入金が0の状態で事業承継を行うことは、容易ではありません。
ただ、承継後の会社の安定を後押しするためにも、なるべく借入金の負担を減らし、運転資金を確保することが大切です。
短期的な借入金対策もありますが、しっかりと準備を行い、長期的に対策していくことで事業承継の成功率を上げることができるでしょう。
事業承継M&Aパートナーズでは、経営者の想いを大切にし、事業承継後の企業の成長も後押しいたします。
事業承継でお困りの際は、是非一度無料相談をご利用ください。
※本記事は、その内容の正確性・完全性を保証するものではありません。
詳しくは当センターへお問い合わせいただくか、関係各所にお問い合わせください。