事業承継税制は一言で言うと、「会社を後継者に引き継ぐ際に、自社株式にかかる相続税や贈与税の納税を猶予・減免する」という制度です。
上手く利用すれば重い税負担の軽減を図ることができ、先代経営者だけでなく、後継者にとっても大きなメリットとなりますが、利用条件や手続きは煩雑になっています。

また、税金の種類によっても手続きの流れや注意点が異なります。

本記事を参考に、事業承継税制の手続きの流れ等をしっかり整理して、円滑な事業承継の実現を成功させましょう。

  1. 事業承継税制とは
  2. 事業承継税制の一般措置と特例措置
  3. 事業承継税制の手続きの流れ【相続税編】
  4. 事業承継税制の手続きの流れ【贈与税編】
  5. 事業承継税制の手続きにおける注意点
  6. まとめ

事業承継税制とは

元々、事業承継には相続税や贈与税など多額の税金がかかり、経営者にとって大きな負担となることが、事業承継のハードルを大きく引き上げていました。
税金が多くなると経営に負担がかかり、円滑な事業承継が困難になってしまいます。

このような状況を解消し、国として事業承継を強く推進するために、2009年の税制改正で事業承継税制が創設されました。

事業承継税制の活用により、事業承継の際に後継者が取得した自社株式にかかる相続税・贈与税について、納税猶予・減免が受けられるようになりました。

また、2019年の税制改正により事業承継税制の利用要件は緩和され、近年、事業承継を行うことへのハードルは下がりつつあります。

事業承継税制の一般措置と特例措置

法人版事業承継税制については、2019年の税制改正以前の事業承継税制を「一般措置」、以後の事業承継税制を「特例措置」と呼びます。

一般措置は恒久措置として存続していますが、特例措置の方が利用しやすくなっていますので、特例措置の利用を考えるのが一般的です。
※特例措置を利用するためには、後述する「特例承継計画」を令和6年3月31日令和8年3月31日までに提出する必要があります。

過去のコラムで一般措置と特例措置の違いをまとめていますので、詳しくはそちらをご覧ください。

事業承継税制とは?贈与税・相続税の納税猶予や免除要件をわかりやすく解説

事業承継税制とは、事業承継に関する贈与税・相続税を猶予される制度です。後継者の死亡などにより最終的には免除とな…

事業承継税制の手続きの流れ【相続税編】

税目や、一般措置・特例措置の違いにより、事業承継税制の手続きの流れも異なりますので、ここでは特例措置に絞って、税の種類ごとに手続きの流れを解説いたします。

まずは相続税の特例措置について説明していきます。

  1. 特例承継計画の策定・提出・確認
  2. 相続開始後、都道府県庁へ認定申請
  3. 税務署への申告書の作成・提出
  4. 納税猶予
  5. 納税免除

1. 特例承継計画の策定・提出・確認

事業承継税制の猶予措置を受けるには、まず特例承継計画の作成をする必要があります。

特例承継計画書には会社の事業内容や従業員数といった基本的な情報から、承継までの経営計画や承継後5年間の経営計画まで具体的な内容を記載します。

計画書の策定後、認定経営革新等支援機関(税理士や会計士、商工会議所等)の所見をもらい、都道府県知事に承継計画書を提出し、その確認を受ける必要があります。

特例承継計画の提出期限は、令和6年3月31日令和8年3月31日です。

必要な提出物は以下の通りです。

  • 確認申請書(特例承継計画):2部
  • 履歴事項全部証明書(3か月以内のもの):1部
  • 返信用封筒:1部

2. 相続開始後、都道府県庁へ認定申請

令和9年12月31日までにオーナーに相続が発生した場合、特例措置による事業承継税制の適用が可能です。

そのためには、会社や先代経営者、後継者が事業承継税制の利用要件を満たしていることについて、経営承継円滑化法に基づく都道府県知事の「認定」を受ける必要があります。

これは、相続が発生した日の翌日から起算して8か月以内に申請してください(ただし、相続が発生した日から5か月を経過する「認定申請基準日」以降でないと申請できません)。
都道府県で審査が行われ、問題がなければ「認定書」が交付されます。

認定申請に必要な書類は下記の通りです。

  • 認定申請書及び写し
  • 定款の写し
  • 株主名簿の写し
  • 履歴事項全部証明書
  • 相続及び相続税に関する書類
  • 従業員数証明書及び必要書類
  • 相続認定申請基準事業年度の決算関係書類等
  • 相続の開始時以後、上場会社等又は風俗営業会社のいずれにも該当しない旨の誓約書
  • 特別子会社・特定特別子会社に関する誓約書
  • 被相続人・相続人等の戸籍謄本等又は法定相続情報一覧図
  • 特例承継計画又はその確認書の写し
  • その他、認定の参考となる書類
  • 返信用封筒

相続及び相続税に関する書類に含まれる遺言書や遺産分割協議書については、相続人同士のトラブルを防ぐ重要な書類になってきます。
被相続人が亡くなった後も相続人が円滑な関係を維持できるように、早いうちから準備しておきましょう。

3. 税務署への申告書の作成・提出

都道府県知事による事業承継税制の認定をもらった後には、税務署に申告を行わなければなりません。

相続税の申告期限は、相続開始があったことを知った日(通常は被相続人が死亡した日)の翌日から10ヶ月以内になっています。

申告期限までに、事業承継税制を利用することを記載した相続税の申告書と、それに付随する書類を税務署に提出します。

また、上記の書類と同時に、税務署へは納税が猶予される相続税及び利子税の額に見合う担保の提供も必要になります。
一般的に、事業承継税制の適用を受ける非上場株式等の全てを担保にすることが多いです。

4. 納税猶予

ようやく相続税の納税猶予期間に入ります。

ただし、猶予期間中も一定の条件を満たし続けないと事業承継税制が適用されなくなってしまいます。

事業承継税制の適用を受けた非上場株式等の保有だけでなく、定期的な書類の提出も必要です。

申告期限後5年間は、都道府県庁へ年次報告書を、税務署へ継続届出書を年1回提出しなければなりません。
5年経過後も、3年に1回は税務署へ継続届出書を提出する必要があります。

基本的に提出期限は、報告基準日(申告期限の翌日から1年を経過するごとの日)の翌日から3ヶ月を経過する日までです。

相続税申告期限が令和3年5月15日の場合、報告基準日は令和4年5月15日で、提出期限は令和4年8月15日になります。

書類が多い上に提出期限もそれぞれなので、しっかり整理しておきましょう。

また、申告期限から5年経過前と後で納税猶予の条件が変わってきますので、以下の表を参考にしてみてください。

後継者(相続人)の要件

事由 事業継続期間内 事業継続期間経過後
1.認定承継会社の代表者を退任した場合 A※1
2.議決権同族過半数要件を満たさなくなった場合 A
3.同族内筆頭要件を満たさなくなった場合 A
4.納税猶予対象株式を譲渡した場合 A B
5.次の後継者(3代目)に対して納税猶予の設定を受ける贈与をした場合 C※2 C
6.自発的な猶予の取消申請をした場合 A A
7.後継者(相続人)が死亡した場合 C C


会社の要件

事由 事業継続期間内 事業継続期間経過後
1.雇用の平均8割維持要件を満たせなかった場合に、実績報告を行わなかったとき A
2.会社分割(吸収分割承継会社等の株式等を配当財産とする剰余金の配当があった場合に限る。) A B
3.組織変更(認定承継会社の株式等以外の財産の交付があった場合に限る。) A B
4.解散した場合 A A
5.資産保有型会社・資産運用型会社に該当した場合 A A
6.総収入金額ゼロに該当した場合 A A
7.資本金・準備金を減少した場合(欠損填補目的等を除く。) A A
8.合併により消滅した場合 A B
9.株式交換・株式移転により完全子会社となった場合 A B
10.上場会社・風俗営業会社に該当した場合 A
11.特定特別子会社が風俗営業会社に該当した場 A
12.黄金株を特例措置の適用を受ける後継者以外の者が保有した場合 A
13.議決権を制限した場合 A
14.年次報告書や継続届出書を未提出又は虚偽の報告等をしていた場合等 A A

A:猶予されていた相続税の全額及び利子税を納付します。
B:猶予されていた相続税のうちの一部及び利子税を納付します。
C:猶予されていた相続税が免除されます。免除対象贈与の適用を受ける場合には、免除対象贈与した株式等に対応する部分のみが免除されます。
※1 後継者にやむを得ない理由が生じた場合を除きます。
※2 後継者にやむを得ない理由が生じたことにより株式等の贈与をした場合に限ります。

5. 納税免除

後継者の死亡などがあった場合には、免除届出書や免除申請書を提出することにより、相続税の全部又は一部についてその納付が免除されます。

免除事由に該当することとなった日以降、遅滞なく提出しましょう。

事業承継税制の手続きの流れ【贈与税編】

贈与税の手続きの流れは相続税の手続きの流れとほとんど変わりませんが、異なる部分もありますので、相続税の場合と間違えないようにしましょう。

  1. 特例承継計画の作成・提出・確認
  2. 贈与
  3. 都道府県知事からの認定と申告書の提出
  4. 納税猶予
  5. 納税免除

1. 特例承継計画の作成・提出・確認

相続税の場合と同様です。
令和6年3月31日令和8年3月31日までに承継計画書の策定と都道府県知事への提出を行い、確認を受けましょう。

2. 贈与

贈与に関しては、先代経営者等の贈与者から、全部又は一定数以上の非上場株式等の贈与が必要になります。

後継者の人数によって必要な株数が変わってくるので、以下を参考にしてください。

(1)後継者が1人の場合
次の①又は②の区分に応じた株数になります。
① a >= b×2/3-cの場合:「b×2/3-c」以上の株数
② a < b×2/3-cの場合:aの全ての株数

(2)後継者が2人又は3人の場合
次の全てを満たす株数
① d >= b × 1/10
② d > 贈与後における先代経営者等が有する会社の非上場株式等の数

a : 贈与の直前において先代経営者が有していた会社の非上場株式の数
b : 贈与の直前の会社の発行済株式等の総数
c : 後継者が贈与の直前において有していた会社の非上場株式等の数
d : 贈与後における後継者の有する会社の非上場株式等の数

3. 都道府県知事からの認定と申告書の提出

ここもまた相続税の場合と変わりません。
都道府県知事の認定を受けて、贈与税の申告期限までに税務署へ申告書や書類の提出・担保の提供をします。

ただし、各期限が相続税の場合と異なってきます。

都道府県知事からの認定の申請は、贈与年の10月15日〜翌年の1月15日までに行ってください。
また、贈与税の申告期限は、贈与を受けた年の翌年の2月1日から3月15日までになります。

相続税の期限と間違えないようにしましょう。

4. 納税猶予

相続税と同様、納税猶予期間に入ってからも要件を満たし続ける必要があります。

申告期限から5年以内の年次報告書や継続届出書の毎年の提出、5年経過後の3年に1回の年次報告書の提出は相続税と変わりませんが、報告基準日と提出期限が異なります。

贈与税の場合、報告基準日が3月15日、提出期限が6月15日です。

また、贈与税に関しても納税猶予の条件の変更がわかりにくいので、以下の表を参考にしてください。

先代経営者(贈与者)の要件

事由 事業継続期間内 事業継続期間経過後
1.再び認定承継会社の代表者になった場合 A
2.先代経営者(贈与者)が死亡した場合 C C


後継者(受贈者)の要件

事由 事業継続期間内 事業継続期間経過後
1.認定承継会社の代表者を退任した場合 A※1
2.議決権同族過半数要件を満たさなくなった場合 A
3.同族内筆頭要件を満たさなくなった場合 A
4.納税猶予対象株式を譲渡した場合 A B
5.次の後継者(3代目)に対して納税猶予の設定を受ける贈与をした場合 C※2 C
6.自発的な猶予の取消申請をした場合 A A
7.後継者(受贈者)が死亡した場合 C C


会社の要件

事由 事業継続期間内 事業継続期間経過後
1.雇用の平均8割維持要件を満たせなかった場合に、実績報告を行わなかったとき A
2.会社分割(吸収分割承継会社等の株式等を配当財産とする剰余金の配当があった場合に限る。) A B
3.組織変更(認定承継会社の株式等以外の財産の交付があった場合に限る。) A B
4.解散した場合 A A
5.資産保有型会社・資産運用型会社に該当した場合 A A
6.総収入金額ゼロに該当した場合 A A
7.資本金・準備金を減少した場合(欠損填補目的等を除く。) A A
8.合併により消滅した場合 A B
9.株式交換・株式移転により完全子会社となった場合 A B
10.上場会社・風俗営業会社に該当した場合 A
11.特定特別子会社が風俗営業会社に該当した場 A
12.黄金株を特例措置の適用を受ける後継者以外の者が保有した場合 A
13.後継者の代表権・議決権を制限した場合 A
14.年次報告書や継続届出書を未提出又は虚偽の報告等をしていた場合等 A A

A:猶予されていた贈与税の全額及び利子税を納付します。
B:猶予されていた贈与税のうちの一部及び利子税を納付します。
C:猶予されていた贈与税が免除されます。免除対象贈与の適用を受ける場合には、免除対象贈与した株式等に対応する部分のみが免除されます。
※1 後継者にやむを得ない理由が生じた場合を除きます。
※2 後継者にやむを得ない理由が生じたことにより株式等の贈与をした場合に限ります。

5. 納税免除

相続税と同様です。
免除される事由が発生次第、免除届出書等の提出をしましょう。

事業承継税制の手続きにおける注意点

事業承継税制の手続き全体を通して、気を付けるべきポイントを大きく3つにまとめました。
事業承継税制の円滑な利用のために、注意点をおさらいしましょう。

  • 手続きに時間がかかる
  • 制度適用後も守る要件が多い
  • 取消事由に該当してしまう

手続きに時間がかかる

事業承継税制を利用する場合、手続き全体を見ても、煩雑な手続きが多くなっています。

提出する書類が多い上に、書類や税の種類、都道府県によって、提出先や期限が異なります。
また、長期間継続して提出しなければならない書類も多くあります。

手続きにかかる時間が膨大になるため、時間に余裕を持った事業承継計画を立てることが重要です。

制度適用後も守る要件が多い

事業承継税制の適用後も守らなければいけない要件がたくさんあります。
制度適用後5年が経過し利用要件が緩和したからといっても油断はできません。

一つでも要件を満たせなくなると、税金の一部又は全部を納税、場合によっては利子税まで支払わなければならず、それまでにかけた時間や努力が水の泡になってしまいます。

要件については慎重に検討すべきところですので、わからない部分は専門家に頼ることを推奨します。

取消事由に該当してしまう

取消事由は20項目以上と、たくさんあります。

また、制度適用から5年経過前と後で、納税が一部なのか、全部なのかなど、要件を満たせなかった場合の発生義務も異なります。

自社の状況について取消事由に該当するかどうかが明確でないと、納税通知が来るかもしれないという大きなストレスに悩まされてしまいます。

取消事由については必ず事前に確認しておきましょう。

まとめ

事業承継税制の手続きは非常に煩雑です。
事業承継を行うよりも前にしっかりと手続きの流れや利用の要件を理解しておかないと、せっかく時間や費用をかけても失敗に終わってしまう可能性が大いにあります。

事前の慎重な準備がスムーズな事業承継の実現に繋がりますので、本記事を参考に事業承継税制の手続きを整理しておきましょう。

名古屋事業承継センターでは事業承継やM&Aに関するご相談を承っております。
何かお困りごとがありましたら、気軽にご相談ください。

※本記事は、その内容の正確性・完全性を保証するものではありません。
詳しくは当センターへお問い合わせいただくか、関係各所にお問い合わせください。