M&Aを実施する企業が増えてきましたが、全てのM&Aが成立しているわけではありません。
煩雑な手続きを行い、様々な条件を満たしてはじめて、M&Aによる取引きが成立します。
「簿外債務」もM&Aの成功を阻む大きな要因の1つです。
簿外債務に対して適切な対処を行わないと、企業の存続に関わるほどの影響をもたらす可能性があります。
本記事では、簿外債務を抱えた企業を買収するリスクと対処法を中心にご説明します。
簿外債務とは?
簿外債務とは、貸借対照表(B/S)に記載されていない債務のことです。
本来、企業が抱える負債は貸借対照表に記載すべきですが、企業の都合で記載されない場合があります。
こうして生まれた簿外債務は、M&Aを実施するうえで大きな問題に発展する恐れがあります。
簿外債務の発生は、決して珍しいことではありません。
特に中小企業を買収するM&Aにおいては、度々発生します。
簿外債務を抱える企業を買収するリスクとは?
簿外債務を抱える企業を買収してしまった場合、その簿外債務は抱えていた売り手企業ではなく、買い手企業が将来的に負担しなければなりません。
本来、M&Aにおいて買い手企業が回収しなければいけない投資金額は、買取価額です。
しかし、簿外債務が発生した場合はその分も回収する必要があり、簿外債務が多額の場合は投資回収できなくなるリスクがあります。
せっかく時間と費用をかけて買収を実現したのにも関わらず、すぐに経営が破綻してしまう恐れも。
買収後に安定した経営を実現するためにも、簿外債務によって生じるリスクを回避する必要があります。
簿外債務が発生する理由
具体的にどういった理由で簿外債務は発生するのでしょうか。
考えられるのは以下の2つの理由です。
- 売り手が交渉を有利に進めるため
- 偶発債務が生まれるため
- 売り手が税務会計を採用しているため
売り手が交渉を有利に進めるため
売り手企業は少しでも売却価額を高くしたいと考えるのが自然です。
売却価額を高くするためには、純資産が多いことをアピールするのも一つの方法です。
純資産は、資産と負債の差額ですので、負債を減らせば、純資産が増加します。
そのため、本来計上すべき負債を計上せず、簿外債務とすることによって、純資産を多く見せる企業が多いのが現状です
以上のように、売り手企業がM&Aにおける交渉を有利に進めるために、意図的に負債を記載しないことで簿外債務が生まれます。
偶発債務が生まれるため
偶発債務とは、現実にはまだ発生していなくても、将来的に一定の条件が成立した際に発生する恐れがある債務を指します。
後ほどご紹介する、債務保証や訴訟のリスクといった、実際に発生するまでにその存在を発見することが難しい項目が該当します。
偶発債務は、発生する可能性の段階では帳簿に負債として計上しません。
貸借対照表に注記してあるだけなので、買い手企業が気付かないケースが多く、簿外債務として発生してしまいます。
売り手が税務会計を採用しているため
中小企業の多くは、仕訳処理の会計方式に税務会計を採用しています。
税務会計を用いることで利益を小さく見せ、税額を抑えることが目的です。
国はその意図を知っているので、賞与引当金や退職給付引当金などの債務を損金として認めていません。
該当する債務を損金不算入とすることで、実際に発生していない費用の計上を防ぎ、利益を少なく見せようとする行為を阻みます。
損金に計上できない項目は、課税対象額を減らすことができません。
中小企業にとってそのような項目をわざわざ計上するメリットが乏しいため、決算書に記載しないケースが多く、最終的に簿外債務の発生に繋がってしまいます。
簿外債務の具体例
簿外債務と一口に言っても、その種類はたくさんあります。
簿外債務になり得る代表的な項目をご紹介します。
- 未払残業代
- 賞与引当金
- 退職給付引当金
- 未払社会保険料
- 買掛金
- リース債務
- 債務保証
- 訴訟のリスク
未払残業代
簿外債務の中でも、デューデリジェンスを行うことによって判明することが多いのが、未払いの残業代です。
当然、残業をした従業員に対しては残業代を支払う必要があります。
しかし、従業員が恒常的にサービス残業を行っているケースでは、会社は賞与を増やしてサービス残業の賃金を支払っているつもりになっている場合が考えられます。
このような場合には、未払残業代が正しく帳簿に記載されていないことが多く、簿外債務に繋がります。
賞与引当金
賞与引当金とは、従業員に将来支払う予定の賞与を前もって準備して計算するための勘定項目です。
企業は、いつ、誰に、いくら支払うかを把握しているため、期間に応じて適正に計上する必要があります。
しかし、税務上損金として認められないため、中小企業は帳簿に記載しない可能性があり、簿外債務となります。
退職給付引当金
退職金制度がある会社では、退職給付引当金が発生します。
外部に年金資産として積立てがある場合は、その額を差し引いて計算する必要があります。
退職給付引当金も損金として認められないため、帳簿に記載されないことが多いです。
未払社会保険料
契約社員やパートといった雇用形態で従業員を雇った際に発生しやすいのが、未払社会保険料です。
単純に見落とされるケースが多く、簿外債務になってしまいます。
買収金額から社会保険料の分を減額する、もしくは、表明保証(後ほど解説)に設定した対応を行うことが多いです。
買掛金
長年取引きをしている相手だと、買掛金をまとめて計上する場合が考えられます。
買掛金は発生した時点で帳簿への記載が基本ですが、取引先との関係性によって計上方法に変更を加えている場合には、計上漏れとなって簿外債務になってしまう可能性があります。
リース債務
売り手企業がファイナンスリース取引を実施していた場合、リース債務が発生している可能性があります。
リース債務は2種類の計上方法があり、特に賃貸借処理(リース料の支払い時にその額を計上する)のケースにおいて、簿外債務として発生することが多いです。
リース資産よりもリース債務の方が額が大きければ、その差額分だけ企業価値を減らさなければなりません。
この差額分を帳簿に計上していない場合、簿外債務が発生してしまいます。
債務保証
売り手企業が他人や他社の債務保証をしている場合があります。
しかし、債務者が債権者に支払うことが予定されているため、帳簿上には計上されません。
保証を受けている他人や他社が債務不履行に陥った場合、売り手企業がその債務を肩代わりしなければなりません。
そういったケースに対応するために債務保証損失引当金という勘定項目が存在しますが、この引当金を計上していない場合も珍しくなく、簿外債務として発生してしまいます。
経営者が無断で自社を債務保証人としており、債務保証の認識が難しいケースも散見されます。
訴訟のリスク
対象会社が第三者から訴訟を受ける可能性がある場合、訴訟されるリスクとして簿外債務を認識しておく必要があります。
売り手企業が借入金の返済を滞納していたり、他者の特許を侵害していたりといったケースが該当します。
訴訟リスクを売り手側に隠されたままM&Aを実行してしまうと、巨額の損害賠償請求や許認可の取消しに繋がりかねません。
簿外債務のリスクを回避するためには?
簿外債務にはたくさんの種類がありますが、回避するための方法があります。
以下の2つの方法は最低限押さえておきましょう。
- デューデリジェンスの実施
- 表明保証の設定
デューデリジェンスの実施
デューデリジェンスとは、売り手企業の価値やリスクを事前に把握するため、財務状況や法律問題などを調査することです。
デューデリジェンスを実施することによって、簿外債務をはじめとした買収の様々なリスクを把握します。
デューデリジェンスには専門家の協力が必要になるため、対象企業の規模によって以下の費用がかかる点は注意が必要です。
対象企業の規模 | 費用相場 |
中小企業 | 数十万円~数百万円 |
大企業、上場企業 | 数百万円~数千万円 |
デューデリジェンスの期間内に必要な情報を探し出すために、調査項目に優先順位をつけておくと良いでしょう。
会計、税務、法務、人事といった項目について、優先的に簿外債務の有無を調査してもらうことをおすすめします。
調査項目を絞っておき、調査範囲を広げ過ぎないことで、費用と時間を節約することができます。
表明保証の設定
表明保証とは、売り手企業が買い手企業に対して、対象企業に関する財務や法務等に関する一定の事項が真実かつ正確であることを表明し、その内容を保証するものです。
最終契約書の中で、売り手自身に簿外債務の有無を表明保証を記載してもらうことが、簿外債務によるリスクを回避することに繋がります。
表明保証条項を設定しておけば、仮に見逃していた簿外債務が後から見つかったとしても、責任は売り手が負わなければいけません。
表明保証によって、開示された情報が偽りのない情報であることを約束してもらいましょう。
簿外債務が発覚したときの対処法
M&A成立後だけでなく、M&Aを実施するプロセスの中で簿外債務が発覚する可能性もあります。
簿外債務が発覚したときの適切な対処を把握しておきましょう。
- 買収価額を引き下げる
- 事業譲渡によるM&Aに切り替える
- M&Aを中止する
- 表明保証の内容を実行する
買収価額を引き下げる
まず考えられる対処法としては、買収価額から簿外債務の金額分を差し引くことが挙げられます。
正しい価値で取引きを行えるように交渉しましょう。
事業譲渡によるM&Aに切り替える
M&Aの手法として、よく選ばれるのが株式譲渡と事業譲渡です。
もし、株式譲渡によるM&Aを予定していた場合に簿外債務が発覚したら、事業譲渡によるM&Aに切り替えましょう。
株式譲渡では簿外債務をそのまま引き継がなければなりませんが、事業譲渡であれば簿外債務を引き継ぐ必要がないため、買い手が欲しい事業だけを譲渡してもらうことができます。
スキームを切り替えた場合、改めて譲渡対象資産や買収金額、スケジュールなどを決め直す必要がある点には注意しましょう。
M&Aを中止する
多額の簿外債務が発覚した場合、M&Aを中止することも検討しましょう。
費用をかけてデューデリジェンスを行った場合、費用が無駄になってしまうため、中止は苦渋の決断となるかもしれません。
しかし、多額の簿外債務を隠すような企業を買収したとしても、買収後に経営がうまくいく可能性が高いとはいえません。
時には撤退する勇気も必要です。
表明保証の内容を実行する
M&A実施後に簿外債務が発覚してしまった場合、前述した表明保証が効果を発揮します。
最終契約書に記載した表明保証条項や損害賠償条項に従って対応しましょう。
表明保証に記載がない項目については、M&A後に対応できないため、最終契約書を締結する際は表明保証の記載内容が十分なものか慎重に確認しておいてください。
M&Aの買い手が抱える簿外債務以外のリスクとは?
M&Aによる買収を試みる際に、買い手側が抱えるリスクは簿外債務だけではありません。
以下のようなリスクも把握したうえでM&Aのプロセスを踏みましょう。
- のれんを過大評価してしまう
- 人材が流出してしまう
のれんを過大評価してしまう
対象会社の財務状況や将来性、買い手企業とのシナジー効果を総合的に考えて適切なのれんの金額を設定しないと、買収後に買収資金を回収できなくなる可能性が出てきます。
特に、シナジー効果を課題に見積もってしまうことがのれんの過大評価に繋がりやすいです。
シナジーの実現可能性は、慎重に見積もることが重要です。
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M&Aの手続きを進める上で、度々「のれん」という言葉が出てきますが、ある程度の意味は把握できているもの…
人材が流出してしまう
M&Aについて、経営者同士が納得していたとしても、従業員は否定的な意見を持っている可能性があります。
買収後に企業文化の違いや経営陣に対する不信感を抱き、優秀な従業員が離職してしまうかもしれません。
M&Aの際に従業員の離職を防ぐためのポイントを以下のコラムで解説しているので、気になった方はぜひご覧ください。
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簿外債務対策を十分に行ってM&Aを成功させよう
簿外債務の発生は珍しいことではなく、放っておくと企業の存続を左右するほどの大きな影響を与える恐れがあります。
しかし、事前に対策を行っておけば、多くのリスクには対応することができます。
M&Aを行う際は、専門家の力を借りながら、慎重にプロセスを進めましょう。
※本記事は、その内容の正確性・完全性を保証するものではありません。
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