高齢化を迎える日本では、後継者が見つからないことを理由に廃業を選択する中小企業が増えています。
中でも、医療業界の後継者不在率は高く、個人クリニックを経営する院長の多くも頭を悩ませていることでしょう。
本記事では、個人クリニックを売却して存続させる方法について解説していきます。
長年大切にしてきたクリニックをしっかりと承継できるように、売却の際にはどのようなプロセスを踏むべきなのか事前に把握しておきましょう。
医療業界ではM&Aが進んでいる?
2023年11月21日に帝国データバンクが発表した全国「後継者不在率」動向調査によると、日本企業の後継者不在率は過去最低である53.9%を記録したことがわかりました。
後継者不在率ランキング | ||
2023年後継者不在率(%) | 2022年後継者不在率(%) | |
1位 自動車・自転車小売 | 66.4 | 66.7 |
2位 医療業(病院・診療所等) | 65.3 | 68.0 |
3位 職別工事業 | 64.6 | 67.1 |
4位 専門サービス | 63.4 | 68.1 |
5位 郵便・電気通信 | 61.9 | 65.3 |
全国「後継者不在率」動向調査(2023年)をもとに筆者作成
医療業界でも後継者不在率に減少傾向は見られますが、依然として業種別の後継者不在率ランキングでは上位に位置しており、2023年では65.3%を記録しています。
病院・クリニックの3件に2件は後継者が見つかっていないのが現状です。
従来、「医者の子供は医者になる」と言われていたように、子供が家業を継ぐことが多かった医療業界。
しかし、
- 経営者としてのリスクを背負うより、安定した勤務医として働きたい
- 都心部で働いており、わざわざ地元に帰って病院を継ぐメリットを感じない
といった若年層が増えたことが親族内承継の減少に繋がり、後継者不在率が高まっていると考えられています。
そのため、医療業界では第三者への病院・クリニックの売却が増えてきています。
個人クリニックの売却は基本的に事業譲渡
個人クリニックを売却する際のスキームは、基本的に事業譲渡です。
事業譲渡とは、事業を構成する資産及び権利義務の全部または一部を買い手に移転する売却スキームを指します。
主に以下のような資産や権利義務を譲渡します。
- クリニック所有の医療機器、薬品、給排水設備
- クリニックの建物や土地の所有権・貸借権
- クリニックの名称や商標などの知的財産権
- 医薬品や医薬材料品の卸売業者・納入業者との取引契約
- スタッフの雇用契約
- 自由診療の継続治療契約
個人クリニックの売却時には、一度診療所の廃止届を提出する必要があります。
買い手に資産や権利義務を引き継いだ後に、新たに開設届を提出してもらわなければならない点にも注意しましょう。
個人クリニックの売却パターン
個人クリニックの売却は、誰に売却するかによって以下の2パターンに分かれます。
- 親族への売却
- 第三者への売却
親族への売却
売却先の候補としてまず挙げられるのが、医師として働いている子供や兄弟といった親族です。
親族は外部の人材よりも現院長の考え方や経営方針をよく知っているため、スムーズな承継がしやすいというメリットがあります。
親族であれば、スタッフや患者からも受け入れられやすく、譲渡後の運営にも支障をきたしにくいでしょう。
しかし、
- 担当できる診療科が親族と異なる
- クリニックの経営状況が悪いと承継のメリットを感じられない
といった理由で、承継を拒まれるケースは少なくありません。
第三者への売却
親族や知り合いに承継してくれる人材がいなければ、必然的に外部の第三者への売却を考えることになります。
第三者承継では幅広い候補から後継者を選べるため、優秀な人材に承継できる可能性を広げることができるという点が、大きなメリットといえるでしょう。
最近のM&A市場では買い手のニーズも高まっているため、従来よりも買い手が容易に見つかる可能性も高いです。
一方で、第三者承継では、自院の方向性や患者の特徴などを一から説明する必要があり、時間がかかります。
また、そのプロセスで専門家を介入させることが多く、その分費用や手間がかかってしまうことも難点です。
個人クリニック売却の流れ【親族への売却】
親族への個人クリニックの売却は、以下のプロセスで行います。
- 承継意思の確認
- 理念の共有と経営方針の擦り合わせ
- 事業承継計画書の作成
- 資産と経営状況の把握
- 財産権や経営権の移転
現院長は患者さんの特徴や地域との関わり方について把握している情報が多いでしょう。
そのため、現院長と後継者が一緒に承継後の経営方針を考えたり、現在抱えている課題を整理したりすることで、後継者は承継後の運営をイメージしやすくなります。
親族への売却といえども、その手続きは複雑なところもあるので、専門家に相談しながら進めると良いでしょう。
最後に財産権と経営権を後継者に移転したら、個人クリニックの承継は完了です。
個人クリニック売却の流れ【第三者への売却】
個人クリニックを第三者へ売却する流れは以下の通りです。
- 税理士や専門家へ相談
- 資産と経営状態の把握・分析
- 個人クリニックの価値評価を算定
- 専門家と業務委託契約を締結
- 買い手との面談
- 基本合意書の締結
- デューデリジェンスの実施
- 最終契約の締結
このパターンでは、まず後継者を探す必要があるため、M&A仲介会社などの専門家にコンタクトをとるところから始めましょう。
個人クリニックの売却手続きについては、一般的な事業譲渡の流れと大きく変わるところはありません。
売り手・買い手双方のニーズを踏まえたマッチングが行われ、基本合意を結んだ後、ノンネーム登録やデューデリジェンスを実施し、問題がなければ譲渡が完了します。
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個人クリニック売却の際に提出する書類
個人クリニックの売却においては、様々な書類の提出が必要です。
以下の表に提出物と提出場所をまとめたので、参考程度にご覧ください。
提出書類 | 添付書類 | 提出先 |
廃止届(前院長) 開設届(新院長) |
建物周辺見取り図 建物平面図 医師免許証 経歴書 譲渡契約書 賃貸借契約書など |
保健所 |
診療用エックス線装置廃止届(前院長) 診療用エックス線装置設置届(新院長) |
遮へい計算書 漏洩線量測定結果表 |
保健所 |
保険医療機関廃止届(前院長) 保険医療機関指定申請書(新院長) |
保険医登録票の写し 引継書(遡及請求の際求められる場合有) |
厚生局 |
個人事業開業届 青色申告承認申請書 |
‐ | 税務署 |
診療報酬の医療機関指定申請書 | ‐ | 福祉事務所 |
個人クリニックの売却価格の相場は?
個人クリニックを事業譲渡によって売却する際に採用される価値算定方法は、時価純資産価額法と呼ばれるもので、以下の計算式を用いて価値を算出します。
譲渡価格 = 譲渡資産・負債の時価の差額 + 営業権(のれん)の時価
譲渡資産・負債の時価の差額:譲渡予定の資産や負債についての時価を足し引きしたもの
営業権(のれん):通院患者や地域での信用といった目に見えない無形の財産価値
現状として、個人クリニックの経営は院長に属人化しており、患者や地域の評判も院長に対する評価が多くを占めることが多いです。
院長が引退するとなると、これまでの事業の形が成り立つとは考えにくく、営業権としての価値が下がってしまうと判断されることがほとんどです。
そのため、営業権としての価値を高く評価される個人クリニックはあまり多くありません。
しかし、以下のようなクリニックでは、営業権を評価してもらえる可能性があります。
- 知名度が高く、その名称を引き継げる
- 優秀なスタッフを引き継げる
- 好立地でアクセスが良い
- 前院長が売却後も在籍する
個人クリニック売却時の税務とは?
個人クリニックを売却する際に、権利義務の譲渡によって発生する所得税・住民税は、権利義務の種類によって異なります。
以下の表にまとめたので、参考までにご覧ください。
権利義務の種類 | 所得分類 | 課税方式 | 税率 |
土地・建物・株式等 | 譲渡所得 | 他の所得と分けて課税(分離課税) | ・所有期間5年超の土地や建物:所得税15.315%、住民税5% ・所有期間5年以下の土地や建物:所得税30.63%、住民税9% ・株式等:所得税15.315%、住民税5% |
棚卸資産(医薬品・診療材料など) | 事業所得 | 他の所得との合計額に対して課税(総合課税) | ・所得税:所得金額を7段階に区切り、各区切りに対して5%~45%(復興特別所得税との合計税率は所得税率×1.021) ・住民税:所得割10%+均等割5,000円 |
上記以外 | 事業所得 | 他の所得との合計額に対して課税(総合課税) | ・所得税:所得金額を7段階に区切り、各区切りに対して5%~45%(復興特別所得税との合計税率は所得税率×1.021) ・住民税:所得割10%+均等割5,000円 |
個人開業医であれば、「事業承継・引継ぎ補助金」を活用することができます。
詳しくはこちらのコラムを参考にしてください。
事業承継・引継ぎ補助金とは?概要や申請の流れについて解説
事業承継・引継ぎ補助金は、事業承継に関する経費の一部を補助し、国全体の経済の活性化を図るために、政府が推進して…
個人クリニックの売却を成功させるポイント
個人クリニックの売却を成功させるには気を付けるべきポイントがいくつかあります。
- 所有資産の承継方法を慎重に検討する
- 建物の現行基準を確認しておく
- 患者さんへ最大限の配慮をする
- 後継者は慎重に選ぶ
所有資産の承継方法を慎重に検討する
売り手側が所有していた不動産や医療機器は買い手側の買取りになりますが、それらをリースや賃貸で利用していた場合、買い手側は買い取る必要がありません。
そのため、売り手は所有権を残したまま、賃貸にするという選択もできます。
その場合、売り手には賃貸収入が入り、買い手も余分な買取費用がかからずに済みます。
所有資産の承継については慎重に検討することで、双方にとってメリットとなる選択をしましょう。
建物の現行基準を確認しておく
個人クリニックがかなり前に建てられていた場合、当初より違反建築物だったり、現行の基準では既存不適格建築物に該当している可能性があります。
これらに該当すると、行政指導や行政処分を下される他、3年以下の懲役または300万円以下の罰金を科せられてしまうかもしれません。
建物に関して不明点があった場合、国土交通省のホームページで確認するようにしましょう。
患者さんへ最大限の配慮をする
個人経営の小さいクリニックの患者さんでも、院長が変われば不安を覚えます。
特に、個人クリニックは地域に根ざしていることが多く、その経営は周辺地域の方の来院によって成り立っていることがほとんどです。
売却前に患者さんに事情をきちんと説明しておくことで、売却後も安心してクリニックに通ってもらえるようにしましょう。
後継者は慎重に選ぶ
前述の通り、個人クリニックは院長への信頼によって成り立っていることが多いです。
後継者を選ぶ際は、医療に関する知識やノウハウも大事ですが、患者さんやスタッフと関係性を築ける人間力も見ておくことをおすすめします。
信頼のおける後継者を総合的に選ぶことは、売却後の安定したクリニック運営に繋がるでしょう。
個人クリニックの売却は事業承継M&Aパートナーズにご相談を
個人クリニックの売却は、医療法人の売却と異なる部分も多く、プロセスも煩雑なため、慎重に手続きを行う必要があります。
専門家の力を借りながら個人クリニックを売却して存続させることで、引き続き地域医療に貢献しましょう。
特に、個人クリニックの経営においては経営者の色が濃く出るので、後継者選びは重要です。
事業承継M&Aパートナーズでは、事業譲渡を含むM&Aや事業承継における後継者選びをサポートしております。
初回相談は無料ですので、気軽にご連絡ください。
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