事業承継の手法は様々ですが、引き継ぎの際、株式を買い取るために多額の資金が必要になる場合が多いです。
しかし、その買取資金が不足している場合はどうすればよいのでしょうか。
今回のコラムでは、株式買取の詳細や、資金の調達方法について解説いたします。
事業承継における二つの権利の移譲
まず、事業承継においては、基本的に経営権と支配権の二つの権利を移譲しなければならないということを理解しておきましょう。
経営権の移譲
一般的に財産権の一つとして認識されている経営権。
実は法律上は経営権という名目の権利は存在しないのですが、実質的に経営に関して多くの権利を有します。
そのため、この経営権が移行されるということは、企業のトップである経営者が交代することを意味します。
支配権の移譲
支配権を所有しているということは全株式の2/3以上を保有している状態のことを指し、文字通り、あらゆる面から会社を支配することができます。
贈与・相続・売買のいずれかの方法により、その株式を移行し、支配権を後継者に移譲します。
株式買取資金の算出方法は?
後継者が先代の経営者から支配権を買い取る際に必要な資金を、株式買取資金と呼びますが、その価格の算出方法を解説いたします。
株価算定法
株式の価値を定める株価算定法は1種類だけではありません。
企業の特性や規模に合わせて、主に以下の3種類が使い分けられます。
- インカムアプローチ:企業の将来性が反映される
- コストアプローチ:客観性が高い
- マーケットアプローチ:他企業や過去事例を参照にする
算定法の種類によって異なる特徴があり、最終的に導き出される金額も同程度とは限りません。
また、この3種類の中でもさらに細分化され、それぞれにメリット・デメリットがあります。
そのため、継承する企業にはどの算定法が適しているのかしっかりと見極める必要がありますが、非常にハードルが高いため、専門家に相談することを推奨いたします。
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役員退職金の支給
文字通り、退職する役員に支給される役員退職金は、株価対策としてよく活用される給与の一つです。
役員退職金を支払い、企業の株価が下がった時点で株式を移譲すれば、税負担を大きく軽減することも可能であり、結果的に株式買取資金が少なく済みます。
ただし、役員退職金の金額が不当に高額であると、役員賞与として認識され、経費換算できなくなってしまう場合があります。
あくまで適正額の範囲を超えないように注意する必要があり、合理的な金額であると証明する根拠があることが望ましいです。
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株式買取資金不足時の解決策は?
それでは株式買取資金が不足している時はどうすればよいのでしょうか。
具体的な解決策の例をご紹介します。
事業承継税制を利用する
平成21年に制定された事業承継税制は、中小企業の後継者不足を解消するための制度であり、相続税・贈与税の納税を猶予、免除することを目的としています。
あくまで中小企業が対象の制度であるため、資本金や従業員数に制限はありますが、規定を遵守することで、高額な税金の一部、あるいは全額が最終的に免除されます。
また、通常の一般措置は対象株式が最大2/3と制限がありますが、全株式が対象となる特例措置もあります。
ただし、特例措置の場合は申請するための特例承継計画の提出期間が平成30年4月から令和6年3月令和8年3月31日(※)までと限られているため、利用を検討する場合は早めに準備に取り掛かる必要があります。
※もともと特例承継計画の提出期間は令和6年3月31日までとされていましたが、令和5年度税制改正大綱にて、2年延長されることが決定しました。
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融資を活用したMBO
役員(または従業員)が、もともとの経営者から自社の株式を買い取り、独立することをMBO(Management Buy Out)と呼びます。
主な手順の例としては、まず後継者が新しく法人を設立し、その新法人の名義で金融機関から融資を受け、自社株式を買い取ります。
その後、自社と新法人が合併、あるいは吸収することで、改めて後継者が新たな経営者・支配者となることができます。
もともとの自己資金が少なくとも株式の取得が可能になりますが、多額の債務を負うことになるというデメリットがあるため、ハイリスク・ハイリターンな手法だと言えます。
経営承継円滑化法の金融支援を受ける
中小企業庁が実施する財務サポートの一つに、経営承継円滑化法という制度があります。
各都道府県の知事の認定を受けた会社の後継者に対して、事業承継のための資金調達の支援を受けることができます。
中小企業信用保険法や日本政策金融公庫法の特例があり、幅広い種類の事業承継において資金調達の助けになりますが、融資を受ける場合はあくまで個人での借入れになるため、法人とは返済方法が異なるという点に注意しなければなりません。
どうしても買取資金の調達が難しい場合は?
それでは、買取資金の調達がどうしても難しい場合はどうすればよいのでしょうか。
対処法の一例を解説いたします。
所有と経営の分離
小規模な企業においては株主と経営者は同一人物であることが多いですが、企業や市場の規模が拡大していくと、いずれ非常に大きな資本が伴ってきます。
そうなると個人で株式買取資金を準備することが非常に困難になってしまいますが、そのような場合には株主と経営者は別々になり、会社はいわゆる「所有と経営の分離」状態になります。
それによるメリットは、経営者が経営に専念できるということ。
一方で株主は客観的な立場から企業を評価することで、経営面での健全さを保持することができる上、資金や人材を確保する手段も充実します。
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種類株式
しかし、分離が深刻化することで、本来望んでいなかった経営形態になってしまうことも考えられますが、それに対しては種類株式を導入するという対処法があります。
一般的に株式とは普通株式のことを指しますが、中には特殊な権限や制限が付与された株式があります。
- 剰余金配当の優先・劣後
- 残余財産分配の優先・劣後
- 株主総会における議決権
- 株式譲渡の制限
- 株式取得の請求権
- 株式取得の条項
- 全株式取得の条項
- 拒否権
- 役員の選任権
上記はその効果の一覧ですが、このような特殊な株式を種類株式と呼びます。
属人的株式
また、株式非公開企業に限っては、持ち株数に関わらず、株主に特別な権利を取決める属人的株式を定めることができます。
- 剰余金配当の優先・劣後
- 残余財産分配の優先・劣後
- 株主総会における議決権
ただし、属人的株式の場合は、付与できる権利が上記の3種類だけと定められており、株式が他の人に引き継がれた時点で、その効果が消失するという特性があります。
これらを上手く活用することで不本意な株式の分散などを回避することも可能ですが、いずれも取決めに当たって複雑な手順を要します。
他の株式を組み合わせることが推奨されているものもあるため、専門家によく相談し、適切な対処法を選択しましょう。
無駄な債務を負わないように注意
今回のコラムでは株式買取資金について解説いたしましたが、ご理解いただけたでしょうか。
業種や企業規模によって必要な資金の額は全く異なるものの、多くの事業承継においては多額の買取資金が必要になります。
そのため、資金が心もとない場合は各機関の融資を受けることも考えられますが、専門知識がないと不要な負債を負ってしまう可能性もあるため、まずは専門家に相談することが望ましいです。
準備期間にも余裕を持って行動し、適切な方法で買取資金を調達しましょう。
※本記事は、その内容の正確性・完全性を保証するものではありません。
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